花筏に沈む恋とぬいぐるみ
牛丼屋に初めて入った花はキョロキョロし、店内を見回していた。注文方法などは全くの未知だったので、凛と一緒でよかったと思った。
サラリーマンの男性が多かったが、若い女性もおり賑わっているのがわかった。朝食を出先で食べるなど旅行でしかしたことがなかった花にとって特別な経験で、気持ちが高まっていた。
注文した、焼き魚定食では白米に味噌汁、鮭の塩焼きにのり、というシンプルなものだった。けれど、その味噌汁がおいしくて、花はまた「すごいすごい!」と、あっという間に食べ終えてしまったのだった。
すっかり牛丼屋の虜になった花は、機嫌もよくなり花浜匙の店内に戻ってきた。
昨日から座っていたソファに座り、今度は温かい紅茶が運ばれてくる。ほんのりと甘いホットティー。こちらも花好みの味で、安心してしまう。
昨日は警戒ばかりしていたのに、男にも店にも、飲み物にも慣れてしまっている。懐柔されているようにも思えてしまう。
「さて、では依頼の話をしようか」
「う、うん。お願いします」
「結論から話そう。あのテディベアは君のお父さんがオーダーしたもので間違えないよ。あれはね、君のウエイトドールなんだよ」
「ウエイトドール?」
聞きなれない単語に花はすぐに聞き返す。
父親がなぜテディベアなど注文したのか、花には全く想像がつかなかったのだ。
あの男が買ったものなど汚れているのだから、欲しいと思える人などいないはずなのに。
「ウエイトドールは生まれた時の体重でつくる人形の事で、通常は結婚式に両親に感謝を込めて自分の生まれた時の体重のぬいぐるみをプレゼントするんだ。けれど、それを花ちゃんのお父様が注文したんだ。プレゼントする相手は、花ちゃんのお母さんだったみたいだよ」
「………そんなの嘘に決まってるっ!!」
ありえるはずがない。
凛が調べてくれた依頼内容に納得がいかない花は勢いいよく立ち上がり、声を荒げた。
そんなはずがない。
お父様が……あんな男がっ!
怒りと戸惑いの感情が渦巻き、花はどうすることも出来ず、泣きそうな顔のまま凛のテディベアを抱きしめ、凛を見つめていた。