花筏に沈む恋とぬいぐるみ
「実は、この事件の少し前に肺に癌が見つかっていましてね。治療をするつもりでしたが部下の不正にお金を使ってしまいましたし、その後の仕事で稼いだ金も会社へ戻しました。もちろん、使った分です。自宅や土地、家具や車も全て売る事になっていたので。金はありませんでした、病気で仕事を休むわけにはいかなかった。罪は償わねばいけない。私の場合は金だったのです」
「だから、治療もせずに過ごして」
「えぇ、倒れました。そこからはあっという間だったと思います。ほとんど覚えていないうちに、このテディベアになっていました」
そこまで一気に事情を離した店内は、重い空気に支配されていた。
けれど、その空気を変える一言を発したのはクマ様だった。
「家族の話はどうした。迷惑を掛けてしまったのは会社だけだという事なのか」
「そんな事はありません!」
「さっきから自分の釈明を説明するばかりだ」
「花には悪い事をしたと思っている。母親もいなくなり、不安な思いをさせているとわかっていた。けれど、自分のやった事の責任をとるのでいっぱいいっぱいになっていた。申し訳なかった」
「言葉だけなら何とでも言える。何もしてくれなかったくせに。お母様だって必死にお父様に愛されようと必死になっていて、それでも捨てられたなんて。去っていった時も追いかけもしなかったよね。本当はもう好きじゃなかったんでしょ?だから、私もどうでも」
「そんな事はないッ!」
花の言葉を遮って父親は大きな声を張り上げて否定をした。
普段は温厚で優しい父。花は父親に1度だって怒られた事がなかった。それぐらいに、大切にしてくれた、優しい父親。だからこそ、今回の事で裏切られていたと思った。
そんな父が娘である自分に大声を上げた。そんな事は初めてだったので、小さなテディベアに言われたとしても、花は驚き体を固まらせた。それと同時に初めて怒られた時の戸惑いも感じる。