花筏に沈む恋とぬいぐるみ
大きな音と真っ暗闇が支配する場所。
耳に入るのは風の音と、迫り来る波の音。
月明かりも多少はあるが、目の前に広がるのは黒。
花の父がこの世の最後の場所に選んだのは、花が住んでいた家から1番近くにある海岸だった。
「……妻と初めてのデートはここだったんだ。それに花が初めて海水浴に行ったのもこの海だった。妻の水着姿はとても綺麗だったし、波に驚いて泣いてしまう花はとても可愛かった。ここは、私にとって幸せだった記憶しかない。大切な場所なんだ」
「……私も覚えています。夏になると、この場所に連れてきてもらったことを。海外旅行も好きだったけれど……この海の方が何故か好きで、いつも海にいきたいとお父様にせがんだ思い出があります」
「あぁ、そうだったな」
父は亡くなってから四十九日がとうに過ぎている。あの世に送らなければ、どんどん帰れなくと言われている。四十九日が過ぎてからは、供養は早ければやはいほど良いとされている。
そのため、花は早くに送ることに決めた。それに、父もそれを望んでいたようだった。
四十九日の奇で必要なものは、ただ1つ。
火。
それだけだった。亡くなった時に持たせるといいと言われる小銭や短剣などは必要はなかった。それらは火葬時に行っているからだ。
それに、よく燃えるように着火しやすい木や新聞紙なども必要なかった。
四十九日の奇で魂がうつったものは、何故かどんなものでもよく燃えるのだ。金属でもダイヤモンドでも何でも、だ。
花は変哲もない白い蝋燭とマッチを持ってきていた。
4人はサクサクと砂浜を歩く。
それをうっすらとした月明かりが照らしてくれる。その時間は花にとってとても短く感じられた。このまま、もう少しだけ話をしなくてもいいから父親の隣に居たかった。
けれど、無情にもテディベアの足はすぐに止まった。
「………ここにしよう」
「はい……」
父は足を止めると、そう呟き、花を見上げた。