花筏に沈む恋とぬいぐるみ
「花、君に渡したいものがあるんだ」
「お父様?」
そう言うと、父は少し後を歩いていた凛のテディベアと凛の方を見た。2人は小さく頷くと凛は父の近くでしゃがみ持っていたバックから布切り用の大きなハサミを取り出した。そして、あろうことかその刃先を父のテディベアに向けた。
「り、凛さんっ!?何やってるんですか?」
思わず父に向けて手を伸ばす。けれど、それを父が「大丈夫だ」と言って止めてくる。
どういう事かわからずに、花は思わず不安げな表情のまま凛を見つめる。凛はにっこりと微笑んで先ほどと同じように頷く。隣の歪なテディベアの視線を優しいものだ。それを受けてしまえば、花は伸ばした手を戻すしかない。
不安のままに両手を自分の胸の前で握りしめて凛の行動を見守る。
すると彼は父親の腹を切り始めたのだ。ちょきんちょきんと腹を切る様はまるで童話の赤ずきんの一幕のようにみえる。当然、そこからは綿が出てくる。
「お、お父様。これは痛くない、のですか?」
「大丈夫だよ。痛いは感じない感覚というものがあまりないんだ。けど、不思議な事に人の感触だけは感じる。ぬくもりはね」
「それは………安心しました」
見ているだけでも痛々しいが、痛みがないと聞いて花は少しだけ安心する。
と、凛の手が止まり「花ちゃん」と呼んだ。花もしゃがみお腹が裂けたテディベアの前に座る。すると、綿が出てきた後に他にも何かが入っている。
「花、そして妻へ。私からの最後のプレゼントだよ」
その声は、寂しさを感じられないとても晴れ晴れとした明るい父の声だった。