花筏に沈む恋とぬいぐるみ
気づくと、川岸から男の声が聞こえた。花はそれを無視しながらクマのぬいぐるみを抱いたままバシャバシャとそちらの方まで泳いでいく。川岸に近づくと一気に浅くなりようやく歩けるようになった。
ボタボタと全身から水と花びらが落ちていく。川岸に上がると花の周りには大きな水たまりが出来る。まるで何かの妖怪のようだな、と自分自身の体を見つめ思ってしまう。
「………君、どうしてこのクマのゆいぐるみを?」
先程橋からぬいぐるみを投げた男は、おろおろしながら花を心配そうに見つめる。
黒い髪を少し伸ばし、首の後ろの髪を束ねている。切れ長の瞳も漆黒で、黒真珠のように艶があり綺麗だった、容姿端麗という言葉がよく似合う男で、小さな顔とシュッとした鼻筋と顎のライン、唇は薄いが妙に赤みがあり色気を感じさた。が、口調は妙におどおどしており、優し気な雰囲気が伝わってくる。ギャップ萌えというのは、こういう事をいうのだろうか、と冷静に男を見た後に、花は彼を思い切り睨みつけた。
「何で、川に投げるなんてかわいそうな事をするんですか!?いらないなら誰かに譲るなり、供養するなりしてください!」
「ご、ごめんなさい」
「それにこれクマのテディベアですよね。そして、やっぱりこの手にある刺繍。ここら辺にある店でつくられたもののはずです。作った人に申し訳ないと思わないんですか!?」
「も、申し訳ないというか、なんというか……」
「いらないなら私が貰います。というか、店の人に綺麗にしてもらいます」
花が持っていたクマをギュッと抱きしめる。
が、腕に上手く力が入らない事にその時ようやく気付いた。寒さのせいでガタガタと全身が震えていたのだ。そのせいでクマも震えているようだ。春になり温かくなったとしても水温は低い。そして、冷えた体に夕方になりぐっと下がった気温は冬のように感じてしまう。花の長い髪もべったりと体に張り付いて、そこから体温が奪われていくのがわかる。
この男と離れてさっさと自分の家へ帰ろう。
そうしないと体調が悪くなってしまう。