花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 クマ様を抱きしめながら、花は呆然と車に揺られていた。
 本当はもう家に帰らなければならい。
 それなのに、花はまた温かい花浜匙の店に向かっている。

 けれど、今日は1人で過ごす事など出来るはずがなかった。


 口うるさいクマ様は花に抱きしめられても何も言わない。寄り添ってくれている。

 静かな夜。
 車のエンジン音だけが聞こえていた。
 そんな中、ポツリと言葉を漏らしたのは花だった。



 「………心残りがあったの」
 「…うん」
 「お父さんの悪口を言ってしまった事。お父様は謝ったのに私は謝れなかった。お父様が死んでしまって、一人になって。不安で怖くて、寂しくて。それを紛らわすには、誰かを恨むのが1番楽だったのかもしれなくて。大好きなお父様の事を悪く言ってた。本当は大好きなのに」
 「仕方がないだろ。死は人の心をかき乱す」
 「ちゃんと、お父様に伝わったかな?最後だったけど許してくれたかな」
 「………大丈夫だよ、花ちゃん。お父さんに伝わってるよ」
 「おまえを愛していたんだ。そして、おまえも。だから、許してくれる。おまえが許したように、父親も同じだろ?」



 花の泣き声を隠すかのようにエンジン音が大きくなる。少しだけ開けていた窓から入ってくる風も強くなった。

 少し寒い春の夜。
 そんな日は人肌もテディベアの体温も身に染みる。温かいな。

 その温かさを感じていると一人じゃないと思えた。


 それでも失ったものは大きすぎる。
 

 花は月明かりを見つめながら、いつまでも泣き続けた。
 手に残る宝石は冷たく輝き、まるで亡骸のようだった。




 
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