花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 「これはお父さんの形見の宝石………」
 「しかもこんなに大粒の宝石をそのままポケットに入れてたのか。さすがお嬢様だな」
 「元、お嬢様です!」
 「否定はしないんだな」
 「本当の事なので」


 クマ様の意地悪な言葉。そのやり取りは嫌ではなくなっている。むしろ、心地いいと思ってしまう。
 それはクマ様が優しいと知っているから。ズバッと本音を言うところもあるが、それは全て相手を思っての言葉が多い。だからこそ、初めのように喧嘩をしなくなったのだろう。


 「こんな大切なもの預かっていていいの?」
 「はい。また、あのテディベア作ってくれるんだよね?」
 「もちろんだよ。おじいちゃんよりもいいテディベアを作ってみせるよ」
 「だったらこれはあった方がいいでしょ?」
 「……そうだね」
 「じゃあ、楽しみにしてる」


 そう言って微笑んだ後、小さく1歩だけ下がった。
 そして深くお辞儀をする。
 父のテディベアをお願いする意味もあるが、別の意味の方が大きい。


 「凛さん、やさぐれてた私に優しくしてくれて、ありがとう。牛丼、すっごいおいしかったから、また行きたいな」
 「もちろん。一緒に牛丼屋デートにでもいこうか」
 「ふふふ。それも楽しそうね。クマ様もありがとう。クマ様が背中を押してくれたから、お父さんと話せたと思う」
 「よくわかってるじゃないか」
 「うん。感謝してます。本当にありがとう。それで、その………」


 感謝の言葉は伝えられた。
 もっとちゃんと伝えたい事が沢山あったのに、これ以上口にしてしまうとまた泣いてしまいそうだったので止めた。彼らの前では泣いてばかりで、きっと泣き虫だと思っているだろうな、と少し恥ずかしさを感じていた。
 けれど、その他にも伝えたい事がった。
 もしかすると、その事は彼らの優しさに甘えたいだけなのかもしれない。
 だが、どうしてもこの花浜匙のぬくもりと、凛とクマ様とのやり取りの楽しさがこの数日で体に沁み込んでしまっていた。穏やかでゆったりとした、小さな幸せ。
 会話をするだけで笑えて、食事をするだけで温かく美味しいと感じられる。テディベアを丁寧に作り上げ、「可愛い」「綺麗」を言い合える。ゆったりとした時間が流れる、この空間に花はすっかり虜になっていた。


 「仕事が休みの日に、また遊びに来てもいい?」


 迷惑をかけた存在なのに、またも甘えてもいいのか。
 邪険にはされないと思いつつも、返事を聞くのが、彼らの表情を見るのが怖かった。
 洗っては着て洗っては着てを繰り返した黒のワンピースを握りしめながら、恐る恐る目を開ける。

 すると、満面の笑みの凛と、同じ顔のはずなのにどこかニヤリと笑っているようなクマ様。


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