花筏に沈む恋とぬいぐるみ
「どうせ暇してんだ。いいぞ」
「暇じゃないでしょ!仕事はちゃんとしてるからね。あ、でも花ちゃんは大歓迎だよ。それに、早く来てもらった方がいいかな」
「………?何か急ぎの用件でもあるの?」
最後の言葉の意味がわからずに思わず聞き返してしまう。その時だけ声のトーンも低くなっていたように思え、花は気になってしまう。そして表情にも影があった気もしてしまう。
が、花が聞き返すと、それは朝日が差し込んだかのように一瞬でいつもの明るさに戻る。
「俺が会いたいだけだよ」
そう言って凛はいつもと同じよう笑う。
けれど、その彼の笑顔の影があるように感じてしまったのは、朝日のせいなのか、気のせいなのか。
花にはそれがわからなかった。
「今日から一緒に働くことになった乙瀬花さんです。少し遅くなりましたが、新社会人です。いろいろ教えてあげてください」
「本日から働くことになりました、乙瀬花です。わからない事ばかりですが、早く仕事を覚えて即戦力となれるよう頑張ります。ご指導のほどよろしくお願い致します」
花浜匙の店にお世話になってから2日後。
花は新社会人として「one sin」で働き始める事になった。花を心配し、この店舗で雇ってくれた支店長の岡崎は花よりも20歳以上年上の男性で長身細見でスタイルもより、髪もしっかりと纏めて全体的に隙のない紳士的な印象だった。深いブルーとブラックのチェックのシャツにネクタイ、光沢のある黒のジャケットとズボンという制服を見事に着こなしている。見た目は少し強い印象があるが口調は柔らかい。とても話しやすい男性だった。
岡崎の紹介で花は軽く自己紹介をする。深く頭を下げると、朝礼に参加していたスタッフから拍手を貰え、花はホッとした。花の事情は、岡崎から事前に説明をされているようで、笑顔のスタッフもいれば、怪訝そうにしている人もいた。初めから認められようとは思ってもいない。けれど、私は私の仕事で認めてもらえればいい。岡崎がそう話してくれた事を思い出して、気にしないよう努めることにしていた。