花筏に沈む恋とぬいぐるみ
聞き覚えのある声が静かな町に響いた。
声がした方向は花浜匙の正面からで、花はそちらに視線を向けた。店の玄関の扉が少し開いている。ぱっと見は誰もいない。けれど、視線を地面の方へと向けると、そこには小さなクマ様が顔だけを出してこちらを見ている。
「クマ様……」
「お前何やってるんだ?仕事、さぼったのか?」
「それは………」
「………いいから、早くこっちにこい、俺がつぶれる」
クマ様の声が切羽つまっている。どうやら、テディベアの力ではドアは重いようだ。花は急いで駆け寄り、扉を開く。すると、「今、凛は買い出しに行ってるぞ」と言い、店に入れてくれる。
花は入っていいのか迷う。今日は店を見るだけで帰るつもりだったのだ。
2人に甘えたくはなかった。
今まで十分に甘えてきた。だから、1人で頑張ろうと決めた。
「早く入れ。凛が作り置きしてるアイスティーがあるから飲むだろ?」
「で、でも………」
「そんな顔で何もなかったなんて言うなよ。話ぐらい聞いてやる」
「………」
有無を言わせない、という声音でクマ様はさっさと住居スペースの方へとトコトコと歩いていく。
花は店内に取り残される。仕方がないので、いつものようにソファに座る。
静かな店内。テディベア達が優しく歓迎してくれているようで、花の心が少しだけ落ち着く。
けれど、その静寂もあっという間に終わった。
ドンッ ガシャンッ バンッ
物が倒れ落ち、割れる音が店の中に広がった。
「え、クマ様ッ!?」
花は慌てて立ち上がり、音が聞こえた方へと向かう。すると、物音はキッチンから聞こえたようだ。
急いでその場へ向かうと、床にはガラスが落ち割れており、小さな梯子も倒れていた。