花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 「クマ様、どうしたの?大丈夫?」
 「あ、あぁ………。紅茶を入れようと思ったんだが、上手くつかめなくてな。落とした。クマの手だと滑るな」
 

 そう言って割れたガラスを拾おうとするクマ様を花は止めた。

 「危ないから私がやるよ。アイスティーをいれるのも手伝わせて」
 「危ないのはお前の方だろう。俺が破片の触っても怪我なんかしないからだだ」
 「そういうのはいいから。クマ様は黙って待ってて」

 勝手に動かないように、梯子でも届かないシンクの上にクマ様を移動させる。すると、「おい、卑怯だぞ!」と文句を言っていたが、テキパキと掃除をすませ、アイスティーを作り終える頃には、静かになっていた。


 「…………おまえ、何かあったな?」
 「………」
 「父親絡みの事か?」
 

 アイスティーをグラスに注いでいると、横から心配そうな声でそう問いかけてくる。
 花はクマ様の方を向けないまま、琥珀色のアイスティーを見つめる。シンクにうつる影までも綺麗な色をしている。その茶色の影がユラユラと揺れている。


 「…………犯罪者の子どもは、働いちゃいけないんだって。品位を下げるって事みたい」
 「誰に言われた。まさか、スタッフか」
 「違うよ。お客様。お得意様みたいで大切な顧客なんだって。だから、そんな人がイヤがる存在は、必要ないみたい」


 こんな愚痴など言いたくない。
 自分が弱っている姿をこれ以上見せるべきではない。
 1人の人間に言われた事でクヨクヨしている女に見られたくない。

 お父様を見送った時に強く生きると決めたのに。
 クマ様もそれを応援してくれていたのに。

 泣きたくない。


 「笑うな」
 「…………クマ様?」
 「今は笑う必要がないだろ」
 「…………だって笑うしかないじゃない!辛くても、頑張りたかったのに、頑張る場所さえもなくなるかもしれない!せっかく許される場所をもらったのに、またなくなっちゃうかもしれない。辛いときに笑わないと頑張れないじゃないッ!」
 「もう泣いてるだろ…………」
 「……………え」



< 72 / 147 >

この作品をシェア

pagetop