花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 花は咄嗟に目の下に手を置いた。が、そこには必死に堪えていたために涙は流れていない。
 不思議に思い、クマ様を見つめる。
 クマ様も花をじっと見つめている。そして、ゆっくりと言葉を続けた。
 それは、いつものように強気で意地悪な声音ではない。優しいものだった。



 「涙を流してるから泣いてるんじゃないだろ。もう表情が泣いてるんだよ。お前の心も」
 「…………ッ」
 「それに、許される場所じゃないだろ。おまえは、何もしてないんだからな。おまえが働きたい場所、のはずだ」
 「けど、それもなくなっちゃうかもしれない」
 「その客も見る目ないな。そんな奴が1人いなくなるぐらいでダメになる店なんて、潰れちまえばいいんだ」
 「……クマ様」


 あっという間に口が悪いテディベアに戻ってしまったが、それがとても彼らしく、そして温かく感じる。
 いつも通りにクマ様。
 それにホッとしたのだろう。

 花の瞳は一気に潤み、溢れて零れ落ちる。
 たまりすぎた涙は、止まる事もなく流れ続ける。それは、気持ちもそうだった。押し殺していた本心が、先程のクマ様とのやり取りのせいで口から流れる。


 「どうして、私を見てくれないの?初めて会って、少し話をしただけなのに私の事じゃない、後ろを見てる。言葉も表情も行動も届ける前に、すべて見えない壁に遮られて届けられないの。そして、向けられるのは罵倒と鋭い視線だけ。そして、おまえも悪い事をするんだろう、っていう疑いの瞳。それが怖くなった。守ってくれる人だっているのに逃げてきちゃった。弱い自分も嫌い。お父様の事を、これで恨みそうになる自分は、………もっと大っ嫌いッ」


 大好きなアイスティーが入ったグラスを両手で包み、花はポタポタとシンクに涙の溜まりを作りながら泣き続ける。
 悔しさと弱さと悲しさ。その叫びをクマ様にぶつけた。

 それを、クマ様は何も言わずに聞いてくれる。
 そして、足音もなく近づくと花の手に触れてくれる。ぬいぐるみのはずなのに、温かい不思議な手で。


 どうしてだろうか。
 クマ様の言葉を聞くと甘えたくなるのは。
 クマ様が近くに居てくれるとぬくもりを感じながら、そんな事を考える。

 そんな事はすぐに答えが出る。

 彼の言葉はいつもまっすぐで正直。
 そんなクマ様の言葉だからこそ、彼の言葉はすっと体に入ってくる。
 優しくもまっすぐな朝日のように温かい言葉が。

 その温かさに甘えたくなるのだ。
 それは休みの日の朝日。そんな雰囲気に似ている。

 甘えるはずではなかったのに、それをクマ様は許してくれているようで、花はその甘えを許してもらう事にした。


 今だけは、と。




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