販売員だって恋します
「ん……。」
神崎はその表情を見て、少し表情を曇らせたけれど、目の前に成田がいては、由佳のことばかりを気にするわけにもいかない。

その場を後にする由佳を、目で追うことしか出来なかった。

この気持ちが恋だと気付いてしまって、その瞬間、報われることもないのだと気付いてしまった。
由佳は少しだけ、1人になりたかった。

ようやく落ち着けそうな、物陰を見つけて、気持ちを整理しようと思った瞬間、腕を掴まれた。

「由佳っ……。」
その強い腕、低い声。
「大藤さん……。」

「……泣いているのかと。」
「どうして泣くんです?」

「その理由を聞こうと思ったんです。」
珍しく髪が乱れていて、慌てた様子だ。

「泣いてません。」
だから、腕を離して欲しい。

「大藤さん、腕……痛いです。」
「すみません。」
けれど、外してくれる気配がなくて。

「大藤さん……?」
そのまま強く引かれて、腕の中に抱き締められた。
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