販売員だって恋します
「あの彼とは、お付き合いしているんじゃないんですか?」
胸の中に強く抱き締められているので、その声は少しくぐもって聞こえる。

見かけは細面だし、すらりとしているから、外見からは分からないけれど、大藤に抱き締められるといつも由佳は驚くのだ。
すっぽりと包み込まれるようだから。

この腕が好きだ。
包み込まれた時に、ふわりと香るフレグランスも。

「違います。好きな人が、いるんです……」
「……誰ですか?」

大藤は珍しく一瞬言い淀んで、由佳にそう返した。

由佳はその腕の中から、真っ直ぐに大藤を見つめ返す。

「大藤さん、あなたです。大好きなんです。好きなの。でも、迷惑ですよね……。」
大藤が珍しく、ひどく戸惑っているように見えた。

「迷惑……?」
訝しげなその声に慌てて由佳は、付け足す。

「だって遊びではないけど、本気にはならないって……。だからご迷惑をかけるつもりも、気持ちを押し付ける気もなくて……」
< 110 / 267 >

この作品をシェア

pagetop