販売員だって恋します
仄暗いバーの奥の席で、旧友である水谷はそんなことを言った。

今日はロックだ。
そのグラスを見て、水谷はバーテンに同じものをと注文した。

「ロックかよ。」
ある程度、飲むのに時間をかける飲み物だ。

さっさと帰りたいときは、ショットグラス。
分かりやすいと言えば、分かりやすい。

「面白い結果だったのか?」
大藤のゆるい口元の笑みが、作られたものであることを水谷は知っている。

「面白い。まずは『くすだ』は料理屋。それは間違ってない。けど、普通の料理屋じゃない。いわゆる、一見さんお断りの店だ。紹介者がないと入れない。格式と伝統のある店。相手にもそれを求める店だ。金だけ積んでも入れるわけではないらしい。」

「そんな店、まだ、あるのか?」
「あるんだな。一般的ではないから、一般に知られることもない。知る人ぞ知るってヤツだ。」

なるほど、由佳の品格や、舌はそこで磨き抜かれたものだったのかと大藤は思う。

「言うても、外食産業。斜陽であるのは、間違いないみたいだぞ。」
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