販売員だって恋します
由佳は身体を前に傾けた。
深くその場で頭を下げる。
「神崎さん……!そのお話は……」

「神崎にとっても、楠田にとっても、悪いお話ではないと思います。」
由佳の発言には耳を貸さず、神崎は一気にそう伝える。

「お父さん……!」

由佳が思わず声を上げた時、部屋の外から、すみません、と声が掛かった。

座敷の外からの声には、少し焦りのようなものが含まれている。
何かあったとしか思えなかった。

中にいる楠田も、神崎も由佳も何事なのだろうかと緊張する。

その声は『くすだ』の番頭、とも呼ばれている人の声だった。

「なんだ。お客様のいる時に。」
楠田は不機嫌な声で返したものの、しかしそんなことでミスをするような人ではない。

「お父さん、失礼します。」
聞き覚えのある、穏やかな声。

「お兄さん?!」
「絋……?」
和装の男性がにこりとして、部屋に入ってくる。
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