販売員だって恋します
「こちらの、愚弟の私情が多分に入っている可能性があるので」
「そんなことはありません!」

「神崎が金に物を言わせて『くすだ』を買い叩こうとしている、と噂になっている。噂だけでも非常に望ましくない」

思わず声を上げた靖幸に、雅己は厳しい目を向けた。

「神崎さん、それは恐らく誤解だ」
亭主である楠田の声が、室内に静かに響く。

神崎雅己は、その声に顔を上げる。

「弟君が持ってきて下さったお話は、大変光栄だったし、彼はとても情熱的に考えてくれていました。私情が入ったのは……うちの娘が関わってしまったからでしょう」

「しかし、まだ決まったものでもないのに、お嬢様を連れ回して……」
「由佳のことは……」

父が由佳を見た。
思ったより優しい表情に、由佳は内心驚く。

いつも、父はこんな風に見守ってくれていたのか……と思って。
勝手な人だと思い込んでいたけれど、今は愛情を確かに感じることが出来た。
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