販売員だって恋します
「それにお兄さん、あまり彼を叱らないでやって欲しい。彼はきちんと仕事のことは切り離して考えて下さっていました」

柔らかで、穏やかな楠田の声は、淡々とその場に響いた。
静謐とも呼べるこの場所では、不思議なことにひどく馴染んで聞こえる。

「私もそれに刺激を受けた。若い方の考えることは、私などは思いも及ばない。これからはあなた方の時代でしょう。『くすだ』もいつまでも続くとは思ってはいません。今のままでは、このような形態の外食産業がいつまで持つのか……」

静かに淡々と告げる楠田に、その内容を聞き捨てならない雅己が、子供のように言い募る。

「けれど、『くすだ』はその頂点にいます。僕らは、それを見て、そこに至りたい、ともがいているんです」
そう言って、楠田を真っ直ぐに見た。

「そのように言ってくださって有難い。けれど、いつかは終わりが来る。そういうものです。絋が家を出た時にその覚悟をしました」

そのあまりの内容に、その場にいた誰もが動きを止めてしまう。

絋が沈黙を破った。
「お父さん」

「いいんだ。それでいろいろと考えることができたから。絋、時代は動く。仕方のないことなんだよ」
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