販売員だって恋します
『くすだ』の裏口から出てきた由佳に、声を掛けようと思ったら、忙しなく電話を始めたので声をかけ損ねた。
けれどそれが、自分宛の電話だったのには、笑ってしまって。

真っ先に会いたい、と言われたあの時、息が苦しくなるくらいに、由佳が愛おしく感じたのだ。

家族の誰でもなく、こんな時に大藤といたい会いたい、ずるいくらいに大好き、その言葉のどれも大藤の胸を貫いた。

分かっている?

家族の元から離れて、こんな大きな出来事を、家族と分け合うでもなく、大藤が守ってくれたんだと大藤の胸の中に飛び込むことの意味が。

家族の元を巣立った由佳は、次の安らぎ先を、大藤だと、見定めたのだと思う。

だからこそ、守りたいんですよ。

由佳は無意識ではあるのだと思うのだが、大藤には、とても重要なことに思えるのだ。

大藤にとっても、たった一つの大事なもの。
恐らくは由佳にとっても。

分け合う体温に、この上もない、幸せを感じて、由佳のこめかみに再度軽くキスをして、大藤は目を閉じた。
< 180 / 267 >

この作品をシェア

pagetop