販売員だって恋します
「いつも、ありがとうございます。沢木と言います。」
「大藤です。絋さんの……ですよね?」
こくり、と沢木は頷く。

「絋から、なにか聞いていますか?」
「いえ。あ『くすだ』で今修行されている、と聞いていますが。」

「そうですか。俺はもともとは『くすだ』の板前見習でした。恩を仇で返すようなことになってしまったので、2度とあそこで学ぶことは出来ないと思っていました。お礼を言います。こんな機会を下さったのは、あなたのお陰だと絋から聞いています。」

寡黙なイメージがあったこの人が、こんなに喋ることに驚く大藤だ。
けど、それほどに料理への情熱と、絋への気持ちがあったのだろうと思うと微笑ましい気持ちになる。

「まだこれから、ですから。」
「はい。」
白い帽子を取り、深く頭を下げる沢木に
「精進してくださいね。」
とそっと肩に触れた大藤だった。

帰りのタクシーの中で、由佳がぽつん、とつぶやく。
「あの方『くすだ』の方だったんですね。」

「知っていました?」
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