販売員だって恋します
大藤に肩を抱かれて通りに出ると、彼は手を挙げてタクシーを止めた。
一緒に乗って告げられた行き先は、おそらくは大藤の住まいのあるところだ。

マンションは割と街中に近い場所にあるのだろう、タクシーに乗っていたのは数分だった。
どうしよう……。

そのまま、大藤に連れられて、由佳はマンションに入る。

部屋の玄関を入ったすぐの廊下で、身体を引き寄せられた。

「こんなところまで、ついてきてしまって」
「……あ」

はしたないって思われるかも……。

けれどこの機会がなかったら、この人との接点なんて、きっともうないから。
引き返さなくてはと思う気持ちと、もっと触れたいと思う気持ちが、由佳の中でせめぎ合う。

整った冷たい相貌、綺麗なスーツの着こなし。
リムレスフレームの眼鏡の奥から観察するような表情。

きっといけない。
こんなことは。

「ごめんなさい。やっぱり……」
由佳は大藤の胸辺りを、両手で押し返す。
「今更、帰ります……とかですか?」
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