販売員だって恋します
そうして由佳の身体をぎゅっと抱いた。
由佳はその温かさに、気持ちが落ち着くのを感じる。

そうなのだ。
今は1人ではない。
側に大藤という心強い味方がいてくれるのだから。

「倒れたって容体は?」
大藤が後部座席から、助手席に座っている絋に尋ねた。

「脳梗塞?脳内出血?分からないけれど、そのような感じのものらしいです。今は意識はありますし、命に別状はないそうです。」

振り返った絋が、2人に説明をする。

命に別状はないと聞いて、よかったとホッと一安心する2人だ。

「しかし、『くすだ』があります。あそこを回していかなければならない。」
父親の容体が大丈夫だと言っても、絋の表情は硬いままだった。

「絋さん、それはお引き受けされるということですか?」
あれほど頑なに『くすだ』の敷居は踏まないと言っていた絋が、追い詰められたような表情をしていた。

「なにも……全くなにも分からないんです、僕は。はっきりしているのは、あそこをなくしたくない。その気持ちだけなんです。」

もどがしげに、絋は早口で告げる。

「お母様はいかがなんです?」
「母はダメです。」
キッパリと絋は言い切った。
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