販売員だって恋します
「由佳。」
楠田はベッドで身体を起こしていた。

薄暗い病室で目を開けてぼんやりしている様子の父に、いつもの覇気を感じず、少し切ない気持ちになりながら、由佳はベッドに歩みよる。

「お父さん。大丈夫なの?」
「ああ、由佳来たのか。発見が早かったので、助かったよ」

「お母さん、付いてたのね」
個室のソファで、肘掛を枕にして、母は眠ってしまっていた。

毛布が掛けられている。
その母を、父は温かい瞳で見つめていた。

「というか、お母さんがいち早く気付いて病院まで運んでくれたんだ。救急車を呼ぶより、良かったかも知れませんとドクターが感心していたよ。」
疲れたろう、と父が母を見るその表情は優しい。

「由佳、絋は来ているな?」
「はい。外にいます。」

父は苦笑した。
「本当に、誰に似たのか頑なだな。アイツは。」

「お父さん、お兄さんのお相手の方が連れてきて下さったの。」

「そうか。見所がある……と板長代理が感心していたが。一緒に入ってもらいなさい。」
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