販売員だって恋します
「絋。皆さん、うちの子がいつもお世話になっています。」
その楠田の穏やかな声に、大藤と沢木が緩やかに頭を下げる。

「大藤さん、いつぞやはありがとう。あなたの奔走があったから、絋ともこのように顔を合わせることが出来るようになった。」

「いえ。お具合はいかがですか。ご無理なさらず。」
「うん。」

楠田は大きくため息をつく。
「どうしたものかね……」

店の事だと皆、察する。

「僕はお店を存続させたいです。」
その場にいた誰よりもいち早く、絋が声を上げた。

「そうか……」
楠田は考えるような仕草だ。

「実際は亭主が倒れた、とそれだけの話なんだが。」

「あの……」
寡黙な沢木が声を出す。

「それだけのものではないです。例えば今日のお料理を亭主にご確認いただく時も、板場では『うん、いいね。』という亭主の一言があるか、ないかだけでも全く違うんです。お褒め頂けたらそれだけでもまた頑張ろう、という気になれるんです。」
楠田が驚いた顔をしていた。
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