販売員だって恋します
顎を持ち上げられて、顔が近づく。
眼鏡の奥の瞳が煌めいていた。

意外なくらいにそっと、唇が重なる。
柔らかく重なる唇はひんやりしていて、そのくせ触れ方は官能的で、唇が重なっているだけなのに由佳は膝が崩れそうだ。

「由佳、綺麗です……」
「あ……大藤、さん……」
「久信、でしょう?」

それはもう終わったのに……。
何度も何度も唇が重なって、由佳はぎゅっと大藤のスーツの襟元を掴んでしまう。

「……ふ、喧嘩じゃないんだから……」
くすくすと笑いながらも、くすぐるように唇は重なって。

時間をかけることも、大藤は厭わないようだった。

「あなたが……逃げなかったんですよ」
立ち去らなかった由佳が悪い、とでも言いたげだ。

楽しそうでありながら、気だるげで。
冷たく見えるのに、情熱的。
大藤は相反する二つをもっていて、それが魅力的で、由佳は惹き付けられる。

由佳は大藤に柔らかく、舌先で唇を突つかれた。
「……っ、あ……」

その瞬間抑えていたはずの声が、口から盛れてしまう。
その由佳の戸惑う様子すら、楽しそうに大藤は見ていた。
< 25 / 267 >

この作品をシェア

pagetop