販売員だって恋します
少し時間を下さい、けれど前向きには検討します。
いろんな方向と調整をしたいので、と楠田に伝えたのだ。

君の気が向かないなら断っても構わない、と楠田は言ってくれた。
けれど、それは『くすだ』を見捨てることになる。

自分さえ良ければいい。
そんな風には思えなかった。

今、自分に出来ることがあるかもしれないのに、見捨てるなんてことはできない。

『君は優秀な人だから、無理にとは言わない。よく考えて断ってくれても構わない。けれど、もしも、もしもその手を貸してもらえたら……とても嬉しい』
ひっそりとした声に、芯の強さを感じた。

それは『大藤、あのデパートはホールディングスにしようと思う』と穏やかに言った時の成田の声に似ていたから。

オーナーであった成田が決意するのに、どれほど考えたのだろうか。

大藤にはデータを集めることはできても、その決断をすることは出来ない。
だからこそ、経営者には向かない。

『私がオーナーであることにこだわるより、会社として存続する方にこだわりたいんだ。自分だけが良ければいい、そんな風には思えないよ』
その言葉はなによりも、大藤の胸に刻まれている。
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