販売員だって恋します
この人、絶対にダメ。そう、どこかでは分かっているのに、閉じ込められた腕が気持ちよくて、その視線に囚われたくなくて由佳は目を閉じた。

「ん……」
由佳が朝日の中、目を覚ますと、やんわりと自分を包み込む腕。
真横に整った顔。

彼はとてもよく寝ている。
え……と、起きなきゃ。

するりっとベッドを抜け出し、由佳はささっとベッドの下に落ちている自分の服を着る。
ちらりとベッドの方を振り返ると、大藤はまだ目を閉じていた。

由佳はそっと部屋を抜け出して、玄関先においたままだった荷物を取り、こっそりと部屋を出たのだった。

ど……どうしよう、イタしてしまった。

姿を見たことはあると言っても、ほとんど初対面の人だ。
確かにほのかな憧れのようなものはあったけれど、その後、彼には誠実さを求めてはいけないと知った
……それでも。

もう思い出にしよう。
そして、なかったことに。
パタパタっと由佳が支度をして、そっと部屋を出て行ったことに、大藤は気づいていた。
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