販売員だって恋します
黙って怒っていただけだ。

ただ、由佳にはとても厳しくなった。

そもそも由佳も兄が店を継ぐもの、と思っていたので、過剰に厳しくされたことは無い。
就職はそんな父への、反発でもあった。

車はお店の表口の車寄せにつけられる。
「え?こちらから?」
「はい。お父上から、そう伺っています。」

関係者を正面から入れることはない。
だから、思わず由佳はそう聞いてしまったのだが、父の指示と聞きなぜなんだろう、と一瞬思った。

日本家屋から人が出てきて、車のドアを開ける。
「由佳さん。どうぞ。」
「ありがとうございます。」

案内してもらった部屋の中には、奥に見知らぬ男性が座っていた。

その向かいには父だ。
やられた。

由佳の頭にそんな言葉が思い浮かぶ。

瞬間、そう思ったけれど、今ここで、父を(なじ)るわけにもいかない。
大事なお客様の可能性も無きにしも(あら)ずだし、そうだった場合、取り返しのつかない事になる。
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