販売員だって恋します
親に同行して、一度くらいは行ったことはあるが、大人になっても一人で入れるような店ではない。

チャンスでもあった。
「ぜひ。ああ、そういえば絋くんはお元気なんですか?」

世間話のつもりでそう水を向けただけだ。
神崎が以前店に行った時、絋も挨拶に来ていたから。

神崎と同い年のはずなのに、絋は和服を着こなして丁寧に挨拶する姿には驚いた。当時、高校生くらいだったろうか。

すらりしていて、色白で所作が綺麗。
客前に出しても、恥ずかしくない立ち居振る舞いがすでに身についていて、接客もきちんとできる。

それに刺激された。
だから、それから靖幸は休暇のバイトは、ホテルのドアマンをさせてもらっていたのだ。

夏は暑くて、冬は寒い。
声をかけられることも多い。
けれど、勉強になることもたくさんあったから。

神崎は上に兄が二人いる末っ子だ。
それまではホテルのことには、あまり興味はなかった。

けれど、あの絋の振る舞いを見ていて、そんな自分が恥ずかしくなったのだ。
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