販売員だって恋します
大藤は由佳に、そう声をかけた。
眼鏡の奥の目が細くなり、すうっと綺麗な形の口元が持ち上がる。

急に醸し出される甘い雰囲気に、由佳は呑まれそうだ。

帰ります。
もう用事はないのだから、そう言えばいいのにそれが出来ない。

「どうぞ。」
止まったタクシーの奥にエスコートされて、由佳は席に座った。

タクシーの後部座席で、膝あたりをすうっと大藤の指で撫でられて、身体がびくんとなる。
「寄って行きますよね。」

ノーとは言わせない雰囲気だ。
「あ、の……」

「いい子ですね。」
頭を引き寄せられて、こめかみにキスなんてされたら、逆らえない。

距離が近くなると、香るフレグランスの香りにくらりとする。

タクシーを降り、部屋に入った瞬間に、腰をぐっと引き寄せられて、指先で耳元に柔らかく触れられる。

「……あ、や……」
「頬と、耳が…赤い。」

相変わらず眼鏡の奥の瞳は冷静なくせして、今日は冷たさは感じない。
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