金木犀


診察室に入った途端、私は肩に提げていたバックをストンと床へ落としていた。



「こんにちは、星南ちゃん。」



何で、こいつがここにいるの?



何で白衣を着ているわけ?



「……帰る。」



目の前に現れたその人物は、一昨日の夜に体を重ねた白木湊。



その男に背を向け、診察室の扉に手をかけた途端激しい目眩に襲われ、するするとその場にしゃがみこみ、同時に吐き気を催し口に手を押さえていた。




「そんな具合が悪そうなのに、家に帰れる状態じゃないだろう?


抵抗しないで、そこに座りなよ。


俺がじっくり、見てやるから。」




「ふざけないで。


あんたに見てもらうなら、違う医者に見てもらった方がマシよ。」



「ほら、そんなに興奮するとまた熱が上がるぞ?」



「あんたに関係ないでしょう?」



掴まれた腕を、無理矢理解いた。



「ちょっとあなた。それ以上先生に失礼な態度をとるなら…」



「いいから。川嶋さん、大丈夫だから。


この子、俺の知り合いなんだ。


難しい年頃なだけだから。


反抗期ってやつだよな、星南ちゃん。」



「もう…いい加減に…」



「もう静かにしてろ。


すぐに終わらすから。


ほら、口開けて。」



さすがに体の怠さには逆らえず、早くここから出たい一心で私は湊の診察を素直に受けた。



「服、捲って?」



「は?」



「いや、聴診したいんだけど。」



「嫌。」



「お前なあ…。」



呆れたように、あからさまに眉を下げ湊は私の顎をすくい上げた。




「星南、もしかしてお前気管支喘息があるのか?


しかも、難治性の…。」



「だったら何?」


「2年もの間、発作のコントロールが出来ていたからって通院もさぼっていただろう?」



「それが何よ。そんなこと、あんたには関係の無いことでしょ?


もう、服でも何でも捲ってあげるから早く終わらせてよ!」



もう、何なのよ。



そんなこと診察に関係あるわけ?


多少なりとも、関係はあったとしてもわざわざ話さないといけないの?



きっと、2年前でカルテが止まっていることは確認できるんじゃないの?



「そんなに怒るなって。


むくれたって、俺には何も通用しないよ。


むしろ、そんなに可愛くむくれられたら俺の得にしかならないしな。」



そう言いながらも、真剣な表情で診察を始める湊。




大人しく、服を捲り上げるとしばらく沈黙が続く。




やけに長い聴診。



ねえ…



いつまで聴診をしているわけ?



そろそろ終わりにしても…



「川嶋さん、呼吸器内科の病棟の特室空いてる?」



「はい。空いてます。」



「星南、悪いんだけどこのまま入院だ。」
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