金木犀
「あら、何よ。
可愛い妹の顔を見に来ただけじゃない。」
「妹?」
「星南ちゃん。
あんたの可愛くて愛おしくて仕方の無い恋人。」
恋人って…。
参ったな…。
俺の気持ちに、星南が答えてくれた覚えはない。
むしろ、俺の一方的な感情なわけで、星南が俺と同じ感情を抱いているわけではない。
「えっ、まさか違うの?」
「ま、まあな。
俺の一方的な恋っていうわけで。
むしろ、星南にはそんな気持ちは一切ないみたいな感じだからな…」
やべえ、自分で言ってて虚しくなってくる。
「なーんだ。
それにしても、星南ちゃんも可哀想ね。」
「え?」
「こんな一方的な奴に振り回されて。
星南ちゃん、迷惑してんじゃないの?」
「ああ…まあ、最初はそんな感じだったけどな…。」
再会したあの日は、完全にそんな感じだったな…。
だけど、今は違う気がする…。
俺に気があるとかよりも、少しずつ星南は聞く耳を持ってくれている。
本当に少しだけど、俺に寄りかかってくれている。
それが、俺の気の所為だとしてもたまらなく嬉しい。
「しっかりしなさいよね、こんなに綺麗な子、すぐにそこら辺の野良犬に持って行かれちゃうわよ。」
野良犬って…
例えが酷すぎるだろう…。
それに、そんなことは絶対にさせない。
星南を誰かに渡してたまるかよ。
「そんなこと、させるかよ。
星南は、俺が守っていくんだから。」
このたまらなく愛おしい温もりを、誰にも渡したくなんてない。
それが、たとえ星南を産んだ実の親だとしても。
「そうね、気持ちだけは1丁前よね。
それにしても…」
姉貴は、そう言って星南の頬に触れ切ない表情をしていた。
「心に、どんな深い傷を負ったのかしら…。」
「え?」
「この子の瞳。
どうも、闇のある子に思えて。
透き通った綺麗な瞳の奥底には、どこか悲しみを秘めているような気がしてね。
真っ直ぐだけど、どこか人を信用していないんでしょうね。」
さすが、同じ心療内科医として働いただけある。
仕事柄、爽華も星南のように闇のある人は表情を見ただけで分かるようになっていた。
「詳しいことは分からないけどな…。」
「あんたまさか、まだ何も聞けてないわけ?」
「ああ。」
少しずつ、星南は俺に色んな表情を見せてくれるようにはなった。
それでもどこか、過去に触れようとすると心に高い壁を作ってしまう。
まるで、何も触れないでと言ってるように。
「まあ、焦って心を開かせようとすればするほど、人は心を閉ざしてしまうからあまり口を出すようなことはしないけど。
それでも、こうしている間にも星南ちゃんの心の中にある暗い闇は深くなっていくばかりよ。
早めに、星南ちゃんの中にある心の負担を減らしてあげなさいよ。
これ以上、1人で大きな闇を背負わせたりしたらダメだからね。」
分かってる。
こうしている間にも、星南は苦しんでいることを。
星南の悲しみは、星南にしか分からない。
それでも、星南の背負っているものは俺も一緒に背負っていきたい。
「分かってるよ。
星南と出会った時から、星南の心に真剣に向き合うつもりだから。
星南の抱える苦しみを、軽くさせてあげたいんだ。
そのためなら、なんだってやるつもり。」
「それならいいけど。
中途半端な気持ちで、こんな可愛い子を傷つけたら私が許さないからね。」
「そんなことはしない。絶対。」
そんな半端な気持ちで星南を抱いた覚えはないし、そんな気持ちで星南に言葉を向けてきたわけでもない。
どんな時も、俺は本気で星南と向き合っていきたい。
これ以上星南が悲しい思いをしないように、苦しい思いをしないように、この手で星南を守っていく。
今以上に、星南を注意深く見守ろう。