金木犀
「…最悪…」
やっと解放され、一息つくように言葉がこぼれ落ちていた。
「途中から結構その気だったのに?」
「うるさい…」
そう言いながらも、湊は全然息が上がらず余裕の表情で私を見つめていた。
「可愛いな。星南ちゃんは。
これから、楽しみだな。」
「もう、知らないから!
片づけするから、出てってくれる?」
湊を部屋の外に出すように、私は湊の手を引っ張った。
「分かったって。全く、すぐ怒るんだから。
ほら、深呼吸して。」
いつもはふざけているのに、時々ふいに医者の顔を見せる湊にドキッとしてしまう自分がいる。
そんな表情をされると、逆らうことはできない。
湊に言われるまま、私は深呼吸をして呼吸を整えた。
「あんまり、無理するなよ。
俺は、夕飯の支度するから何かあったらすぐに呼んで。」
「うん。」
それにしても…
新品の家具や、綺麗な空気にそわそわしてしまう。
母親と暮らしていた時は、自分の部屋なんて持ったことはなかった。
当たり前だけど、ずっと母親が使っていた家具や物を私も使っていたから。
持ってきた荷物は少なかったから、片づけはすぐに終わった。
疲れたな…
少しだけ、横になったら湊のところへ行こう。
この掛け布団…
太陽の匂いがする…。
わざわざ、干してくれたのかな…
それに、ほんのり金木犀の香りがする。
どこか、懐かしい香りに縛られていた緊張の糸が緩んでいた。
ベッドに横たわり、その安心感で気づいたら深い眠りに落ちていった。