金木犀
「…最悪…。」
お風呂に入りながら、私の口から言葉が漏れていた。
目が覚めた時には、布団がかかっていて隣には私を抱き寄せて眠る湊を見て、完全に相手のペースに巻き込まれてしまったことを自覚する。
今まで寝た男とは、まるで対称的で今までは私のペースで私の好きなように扱ってきた。
その方が、都合が良かったから。
湊を起こさないように、湊の腕を振り解き私はお風呂に入っていた。
あの男が目を覚ます前に帰らないと。
このままだと、全て相手の思うまま。
忘れたいのに、頭の中には昨夜の出来事が鮮明に思い出される。
家に帰って、もう一眠りしたら昨夜のことは忘れられるかな…。
だけど、さすがに今日は学校に行かないとまずいよね。
高校に入学して、お金も払っているのに通わないわけにはいかない。
お風呂から上がり、私は再びリビングへ戻った。
「おかえり、星南ちゃん。」
「は?」
さっきまで爆睡してたのに、なんで起きてるわけ?
いや、それよりも…
「何で…
何であんたが私の下の名前知ってるのよ!」
「あぁ。これ、床に落ちてたぞ。」
そう言って、湊が渡したのは高校の生徒手帳。
生徒手帳には、丁寧に名前の上に振り仮名まで記載されている。
そうでなかったら、星南(せな)の当て字は、中々一発目で正しく読める人なんていない。
「星南ちゃんっていうんだ。可愛い名前。」
「落ちてたって…
勝手に見たんじゃ…」
「バックを漁る趣味なんてねーよ。」
「どうだか。」
「まるで信用してないみたいだな。」
「当たり前でしょう?
そう簡単に信用出来るわけないじゃない。」
本当に、頭にくる。
掴まれていた湊の腕を払い、私は荷物を鞄の中へ詰める。
「星南。」
湊は、そんな私を後ろから優しく抱きしめ片付けを始める私の手を止めた。
「ちょっと!何するの…」
「想像以上だな。」
「は?」
「その瞳。相当人のことを信用できないっていう目をしてる。」
誰かを信用してどうするの?
自分が信じて、裏切られた時はどうするわけ?
信頼が強いだけ、裏切られた時の傷は深く残る。
それなら、最初から…
期待なんて何もしない。
ずっとそうやって生きてきた。
「そんなこと、なんであんたに…」
「別に星南が、俺の事信じないって言うならそれでいい。
だけど、俺は星南を信じるよ。」
「は?」
会って間もないのに、なんで簡単に信じるとか言えるわけ?
「悪いけど、俺は星南の事1日だけの関係で終わらせるつもりなんてないから。」
「何言って…」
「星南は、どうして昨日の夜俺に着いてきたんだ?」
「そんなこと、どうだって…」
「誰かに助けを求めていたんじゃないのか?
星南が、SOSを出しているなら俺が星南を助けたい。
星南。お前がお腹空いた時や悲しい時、辛くなった時にはここに来い。
俺はずっとこの部屋にいるから。
星南の帰りを待ってる。」
「あのさ、1日一緒に寝たからって自分の物みたいに言わないでくれる?
勘違いされても困るのよ。
あなたが私にご飯を食べさせてくれるって言うから一緒に寝た。
それ以上は何も無いわけ。
分かったなら離れてくれる?」