金木犀


あれから、家に帰っても何もやる気が起きずずっとベッドの上に横たわっていた。



学校に行くことですら面倒くさい。



それに、異様に身体が熱く怠さを感じる。



近くにあるサイドボードの上に置いてある救急処置セットの中の体温計に手を伸ばし体温を測ってみる。




最悪…



音が鳴るなり、体温を確認すると…



39.5℃


かなり厄介な数字が示されていた。



「市販の薬あったっけ…」



重い体を起こし、キッチンを漁る。



棚の奥から出てきたのは、使用期限が1年前も過ぎている物だった。



「飲まないよりはマシだよね。」



歪む視界の中、何とか薬を取り出し口の中に入れもう1度ベッドへ身を投げ出した。



ここ最近は体調落ち着きかけていたのにな…



持病が悪化しているのかな…



それもそうだ。



ここ2年もの間、病院の定期検診にも行ってないし薬さえももらっていない。



それでも、こんなに長い間普通に生活できていることに驚いている。



『難治性の気管支喘息』



産まれつき、肺が貧弱ということもあり喘息の発作を起こしたら命を失うことがあると言われた。



何ヶ月も止まらない咳や発熱に、幼い私でもさすがにおかしいと思って自分でかかりつけの病院に足を運んだ。




元々、何日も家に帰らなかった母親は私の異変に気づくことなんてなかった。



そもそも、高熱を出したりしても、




「私に近寄らないでよね。」




冷たい視線と、その言葉と一緒に市販の風邪薬を投げられていた。



気管支喘息の診断がついたのは、7歳の頃。



保険証と、病院の診察券と母親の目を盗み手に入れた1万円札を持ち自分の足で病院に向かった。



その病院では見られないと設備の整った大学病院に回され、結局のところ自分1人ではどうにも出来なくて医者から母親へ電話をされてしまった。



その知らせを聞いた母親は、病院に来てくれたけど私の目を見ることも、大丈夫の一言も掛けてくれなかった。




ただ、医者や看護師から検査の案内をされ



ただただ、自分より大きな体の大人が私に触れ



何をされるか分からない未知の出来事が、たまらなく怖くて。



泣いている私にも、あの人は目を向けなかった。



先生から、病気の話をされている時も上の空で。



「あ、そうですか。」



その一言だけだった。



その日から、しばらく入院を強いられた。



何度も刺される針に、薄ピンクのカーテンで仕切られているベッド。




やたら笑顔を向けてくる看護師。



優しい言葉をかける医師。



私には、経験したことのないことばかりで



たまらなく怖かった。
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