氷雪の王は温もりを知る

回想

 あの日、仕事を終えた私は、いつもの様に一人暮らしをしているアパートに戻って来ると、通勤用の鞄から鍵を取り出した。

 大学卒業の際、就職先を巡って両親と喧嘩したのを機に、私は実家を出て、職場近くのアパートで一人暮らしをしていた。

 この日も自宅に戻って、いつもの様にテレビを見ながら夕飯を食べて、お風呂に入って、撮り溜めしていたドラマを観る予定だった。

 鍵を開けて中に入ると、部屋の中は真っ暗であった。

(カーテン、開け忘れたっけ……?)

 そんな事を考えながらパンプスを脱いで部屋に入るが、どれだけ歩いても一間しかない部屋に辿り着けなかった。

(おかしい。絶対、おかしい)

 後ろを振り向いても、そこに玄関の扉は無く、真っ暗な空間に取り残されてしまったのだった。

(どうしよう……)

 急に不安になって、私は駆け出す。
 すると、ストッキングしか履いていない足裏の感触が、いつの間にかゴツゴツとした石の様な感触に変わっていたのだった。

「えっ……」

 立ち止まると、いつの間にか真っ暗な石造りの通路の様な場所にいた。

「こ、ここはどこ……?」

 後ろを振り返るが、先程歩いていた暗い空間はなく、ただただ石の壁が続くだけであった。
 人を求めて通路を歩くと、木製の大きな扉を見つけた。

「すみません! どなたか居ませんか!?」

 ノックするが中から返答はなく、ドアノブも鍵がかかっていたのだった。

 その扉を諦めて通路を歩くと、また別の扉を見つける。
 しかし、扉にはまた鍵がかかっていた。
 それを何度か繰り返すうちに、通路に明かりが漏れている部屋を見つけた。

(良かった。ようやく、人がいた……)

 私は安心すると扉に近付いていく。
 ストッキングの足はすっかり汚れて、爪が引っかかったのか爪先は破れていた。
 扉に近づくと、中から話し声が聞こえてきたのだった。

「……なら、今年の異常な積雪は、この力が原因ではないのか……」
「その力は、もうほとんど残っていませんよ」

 話し声から、どうやら中に居るのは男らしい。
 低い声とやや明るい二種類の男の声が、中から聞こえてきたのだった。
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