憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
差し込んできた朝日がやけに眩しくて、そして何故か頭がズキリと痛んで、私は一気に覚醒した。
見上げた先にあるのは、最近おなじみになった自室のベッドの天蓋だ。
あぁ…朝か。
そこでゆるゆると思考が動き始めて…あれ?昨夜はたしかユーリ様とジェイドとワインを飲んでいてあれ?まさか私ったらそのまま…。
そして徐に持ち上げた左手に、何か白いものを握りしめていることに気付いた。
白い布…少し硬い生地のそれは、シャツの形をしていて…ふわりと香水の香りが鼻をくすぐった。
そしてその香りには、なんとなく馴染みがあった。少し前に嗅いだ香りだ
そこで、ようやく自分がこのベッドで目覚めた流れをだいたい…そう、だいたいと言うか、ほとんど理解した。
ジェイドに世話になった上、私は彼のシャツをひん剥いたのだろうか…なんて事を!
寝相は悪くないはずだ…でも時々寝ぼけてやらかしたことは数回ある。酔っていたし…否定できない。
起き上がって、じっくりとシャツを見る。汚したりはしていないらしい、よかった。
簡単に畳むと、ふわりと生地から彼の香りが立った。
まるでつい先ほど脱いだかのように鮮明な…。
いやいや、まてまて、もしそうだったらまずいでしょ!
慌ててブンブン首を振って、シャツを置くと、それから逃げるようにベッドから立ち上がる。
「これ…どうしよう」
一体どのタイミングで返せばいいのだ…侍女に渡せばいいのだろうか…でも、私が何故、義弟のシャツを持っているのかって話になるし…それとも本人に直接?いつ渡せるのかも分からない。
困った、どうしようかしら、室内を歩き回りながらブツブツ言っていると、コンコンと扉をノックする音がする。いつもより少し早い時間だけれど、アイシャだろうか?
そうだ!彼女に相談してみよう。
そう思って、いそいそと扉を開いて…目の前に立っている人物の顔を見て、固まった。
「起きていたな?」
「お、はょぅ…ジェイド」
扉の前に憮然と立っていたのは、紛れもなく、今頭を悩ませていたジェイドだ。
彼も寝起きなのだろう。いつもは後ろに流している前髪は彼の頬に掛かるように落ちていて、その間から除く切れ長のグリーンの瞳は、まだ眠いのか憂いを含んでいる。
「こんな時間に…どうしたの?」
困惑するように見上げた私に彼は視線をわずかに反らせる。
「シャツを回収に来た…きっと始末に困っていると思ってな」
「あ、なるほど…。」
ついぽかんとしながら、納得の声を上げる。
どうやら私が困るだろう事を彼も想定していてくれたらしい。
「待ってて!」
そう言って、一度扉を閉じようとした時、リビングの先の廊下で侍女が動く気配を感じた。
素人の私でも感じる事ができたのだから、ジェイドはもっと早く気づく事が出来たのだろう。「あっ!」と思った時にはすでに彼に肩を抱かれて、寝室に駆け込んでいた。
シャツと同じ…それよりも濃いジェイドの香りと、薄いシャツ越しにもわかる引き締まった筋肉の感触がやけに鮮明に感じられて、一瞬のうちに頬に血がめぐったのが分かる。
扉を閉めたのと同時に、先ほどまでジェイドがいた間に侍女が数人入ってきた音を聞く。
「間一髪!危ねぇ」
ククッと低い彼の笑い声が耳元で聞こえ、わずかな息遣いが産毛を撫でた。
「っ…」
思わず肩を竦めて固まる。だってこんな近くに男性が近づくことなんて今まで無かったのだもの。
突然寝起きにこんな事をされて、平気でいられるほど、私は男性に慣れていないのだ。
そんな私の反応に、ジェイドが気づいたかどうかはわからない。
一瞬だけ、ギュッと彼の私を抱く手に力が入ったけれど、あれ?っと思っている間にそれは解かれて、彼の身体が離れた。ようやく自由になって見上げれば、彼の美しいグリーンの瞳が私を見下ろしている。
「侍女が起こしに来る時間まではまだ時間があるな?」
確認のように聞かれて、私はコクリと頷く。
まだ30分ほどはあるはずだ。
「そうか…ならば帰りはこちらの出入り口を使わせてもらった方が良さそうだな。シャツは?」
「あ、寝台のところに!」
慌ててジェイドから離れて、寝台へ向かい、先程自ら畳んだシャツを差し出す。
畳んで置いてよかった。抱きしめて寝ていたなんて知られたら…恥ずかしすぎる。
「その、ご迷惑をおかけしたみたいで」
なんと礼を言っていいやら分からない、というよりどんな醜態を晒したのだろうか…知りたいようで、知りたくない。
「気にするな。ただあっちに寝ていたのをこっちに移しただけだ。よく眠っていたな、引いても引いても握り込んで離さなかったぞ」
シャツを受け取ったジェイドは、肩を竦め揶揄うような口調で、簡単に状況を説明した。
「あ、よかった。わたしがひん剥いたわけじゃないのね!」
安堵と共に咄嗟に出てしまった私の言葉に、ジェイドは数秒、その長い睫毛をパチパチと瞬いて…。
フッと噴き出した。すぐに声を殺さねばならない事を思い出して、拳を口元に当てて、それでもクツクツとおかしそうに肩を揺らして笑っている。
私の頬が一気に熱くなる。
「っ…そんな笑わなくても!」
酔っていたんだもの。そして、起きたら男性の服を握り締めていたら、誰だってそうおもうだろう。
「いや、すまん。なんか、アルマらしい発想で…」
私の抗議に彼はまだおかしそうに、笑いを噛み殺しながら、悪いとも思っていなさそうな顔で謝罪される。
私はむくれた。
「ごめん。大丈夫だ。運ぶ時に不安定だったのか、無意識に俺のシャツを握り込んでしまっただけだから…怒るなよ」
「そんなニヤニヤされて謝られても…」
ジトっと睨みつけると彼は参ったなぁと肩を竦めて
「悪かった。じゃあホラ、お詫びの印に今夜はモンシェールのケーキを献上するから」
食べもので私を釣り出した。
モンシェールのケーキ…それは城下にある、わたしが幼い頃から大好きなケーキのお店…。王妃になって王城に入ってから、しばらく食べていない…恋しい味…。
そんなもので…釣られるものか!
「タルトと、ショコラがいいわ!」
「仰せのままに、王妃陛下」
恭しく胸に手を当てて騎士の礼を取るジェイドは、まだ、笑いを堪えているような顔をしていて…。
くっ、簡単に買収されるなんて悔しい。