憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
「妊娠したかもしれない」
そう言うユーリ様の言葉を、私は聞きながその意味を真に理解するのに、数秒かかった。
「は?子ども?ユーリとジフロードのか?」
私よりも先に理解できたのはジェイドだった。
「ジフしか考えられない」
きっぱりとユーリ様は答える。
そりゃあそうでしょうとも…。なんて私は心の中で突っ込む。まだあの時の二人の生々しい光景は私の記憶から消えてはいない。斜め向かいに座るジフロードを見れば、彼は真っ青になって頭を抱えていた。
まぁそうよね。というか…彼もどうやら今知ったらしい。
私とジェイドは、唖然とするしかない。
そんな私達に、ごめんと一言呟いたユーリ様は「まだ確定じゃないんだけど」と話を続けた。
「月のものが随分と遅れているんだ。避妊のために薬は飲んでいたからいつも予定通り来るんだけどね。今回は、ほら…色々あって数日飲み忘れた日があったんだよ。それで遅れているのかなと思ったら、昨日くらいからなんだか胸のあたりがムカムカしてきて…あれっ?て」
ほら私、一時期女性になるの押さえるための薬も飲んでいたし、そんな簡単に妊娠しないと思っていたから。
そう言って肩を竦めた彼女はちらりと隣で蒼白になっているジフロードの様子を見て、少しだけ傷ついたように眉を下げた。
「ごめん。まさかこんな事になるなんて」
ユーリ様の言葉にその場がシンと静まり返る。皆状況を整理することで精いっぱいだった。特に男性陣は余計にだろう。
「すぐに…医者を手配しましょう!話はそこからです。分かり次第すぐに対策を」
蒼白な顔ながら、言葉を絞り出したのはジフロードだった。彼の声はひどく震えていて…。
「そうだね、ジフ…ごめん」
そんなパートナーを見て悲し気に微笑んだユーリ様をみて、私は泣き出したい気持ちになった。
医師の診察には私も立ち会った。不安そうにするユーリ様の手を握る。彼女のこんなにも心もとない顔を見るのは初めてだ。私の知っている彼女は、いつも自信に満ちていて、頼もしいのに。
「ユーリ様?」
「うん、大丈夫だよ。アルマ…。でもちょっとだけ手を握っていていい?安心するんだ」
そう言って無理に笑うユーリ様の手を私はしっかりと握る。
医師の診察の結果は、やはり間違いなく懐妊の兆候があるとのことだった。
「まだごく初期でございますから、お薬で流すことはできそうですね」
そう言った医師の言葉にユーリ様の長い睫毛に縁取られたグリーンの瞳が揺れる。
「うん…そうだね」
ユーリ様は薄く笑って、そして「分かっているよ」と頷いた。
無意識に私の手を握る彼女の手に力が込められて、それが何故か縋られているように感じて…。
「いえ…そのお薬は、必要ないです」
気がつくと、私は吐き捨てるように言葉を発していた。
「アルマ?」
医師と、ユーリ様の視線が私に向けられる。その2人の目を順番に見据えて。
「産みましょう。私とユーリ様の子です!」
キッパリ言い切った
「でも!!」
驚いて顔を上げたユーリ様に、私は首を横に振ってその言葉を制する。
ちょうど、ジフロードとジェイドが入室してきたところだった。
「お腹が大きくなるのはどれくらい?」
医師に向かって問うと、ユーリ様が産まれる際にも立ち会っている老医師は困ったように眉を下げた。
「人によるかと思いますが、6ヶ月頃かと…何とかお洋服で隠し通せても7ヶ月が限度でしょう」
「そんな頃は冬よね?服でごまかせても、3ヶ月。ジフロード!その3ヶ月間、表の仕事を私が代行することはできる?」
私の言葉にジフロードが驚いたように目を剥くけれど、私は有無を言わせない視線を彼に向ける。
この歳で敏腕の宰相と言われるだけあって、直ぐに私の意を理解した彼は、戸惑ったようにわずかに視線を泳がせたものの、すぐに表情を引き締めた。
「おそらく産月の辺りは生誕祭とニューイヤーが重なるので議会は休会の時期です。郊外に静養に出られてもおかしくありませんので、王妃陛下が心配で一日中引き篭もっていたとしても、不自然ではありませんが…。その前のふた月は…」
「確かに…最後の追い込みとばかりに議会の連中は接見を求めてくるな」
うなるように、ジェイドが言う。
「なら…ユーリ様にはお怪我でもしていていただきましょうか…そうですね。足が一番分かりやすいですかね?」
ゆっくりとユーリ様の身体を上から下まで眺めて、私は微笑む。
「その間は私が妊婦のふりをしながら、王妃としてお仕事を代行します。」
キッパリと言い切ると、その場にいた全員が息を飲むのが分かった。
やるしかないのだ。
だって…。
「アルマ…でも…」
戸惑ったように私を見上げるユーリ様に、私は笑ってみせる。
「ユーリ様は、お産みになりたいのでしょう?」
ユーリ様が言葉を失うのと、皆が彼女に驚いたように視線を向けるのは同時だった。
「産みましょう?正真正銘、文句のない王陛下の御子様ですから」
そう言って、ユーリ様に向けて微笑めば、彼女のグリーンの瞳からみるみる涙が溢れてきた。