憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
予想もしていない来客…というより今一番歓迎できない二人の来訪だ。
「父様と母様がなぜ!?まだ南部で静養中じゃ!」
「それが、ご懐妊の知らせを聞いて、お戻りの時期を前倒されたのだとか」
困ったように説明するアイシャの言葉にユーリ様は大きく息を吐く。
実は先王陛下と王太后様にはまだ、本当は誰が妊娠しているのかという事を明かしてはいない。こんな重大な秘密を手紙に書くわけにもいかないのもあるが、それ以前に真実を話すべきかどうなのかという事でもめているのだ。ユーリ様とジェイドが。
なにかと手助けをしてくれる人が多い方がいいというジェイドに対して、ユーリ様はあまり巻き込む人員を多くしたくないという考えで、平行線をたどっていたのだ。折よくお二人とも南部の静養地に滞在中であったため、戻る頃までに決めたらいいとしていたのだが。
まさかふた月も前倒しで戻って来るとは思わなかった。
「とにかく…まだ明かさないという方向で…お迎えしよう。準備を頼む」
頭を抱えたユーリ様が、憂鬱そうに指示を出してアイシャに準備を任せる。
ジェイドは今日は軍司令の仕事で訓練の視察に出ていて夕まで戻らない。今ここで結論を出すわけにも意を唱えるわけにもいかないので私は黙って従うことにした。


「アルマ!おめでとう!身体は大丈夫かい?そんな立って出迎えなくていいんだよ!」
アイシャの案内でやってきた、先王陛下と王太后様は私とユーリ様の顔を見ると、パッと表情を華やがせ、早足で駆け寄ってきた。特に先王陛下は、嬉しくて仕方がないと言う様子で、仕切りに私に早く部屋に入って座るよう勧めてきた。こうした自然に女性に気遣いができるのは、なんだかジェイドと似ているなと、思いつつ多少の罪悪感を感じ、私は苦笑するしかなかった。
「体調は大丈夫なのかい?悪阻で篭りきりだときいているが」
「一時期はすごく辛そうだったけど、最近は随分とマシになってきたみたいだよ」
私の罪悪感に気がついたのか、ユーリ様が代わりに説明してくれる。言っていることは最近の彼女の体調そのものの話だ。
4人でリビングへ移動すると、侍女達がお茶の準備を整えてくれていた。それぞれソファに腰掛けて、侍女達の退室を見届ける。その段になって、なぜか先ほどから王太后様が一切口を開いていないことに気づく。普段ならば、先王陛下より喋る方なのにどうしたのだろうか?そう思って、王太后様を見ると、彼女は鋭い視線でユーリ様を見つめていた。
「ねぇ、ユーリ…まさかあなたが妊娠したのではなくて?」
そうして彼女の口から出てきた言葉に私とユーリ様は、固まるしかなかった。
そんな私たちの反応をみた王太后様は、大きくため息を吐いて、紅茶のカップに手を伸ばして一口飲む。
「私をごまかせると思わないことよ。3人も生んだのですもの。少しだけど顔つきが変わった気もするし、悪阻のせいかしら少し痩せたわね?」
鋭い視線に射竦められて、私とユーリ様双方がゴクリと唾を飲み込んだ。


「誰の子?」
どうやらもう王太后様の中ではそれが決定事項のようで、話についていけない先王陛下はその横で「え、ユーリが!?どういうこと?本当なの?アルマじゃないの?」と混乱している。こうなったら言い逃れはできないだろう。しかし私の口から説明することでもないので、困ってユーリ様を見上げる。
全員の視線がユーリ様に集まった。
「はぁっ、まさかこんなすぐにバレるとは思いませんでしたよ」
大きく息を吐いたユーリ様が意を決したようにご両親を見据える。
「相手は宰相のジフロードです。私は産むつもりでいます。アルマも背中を押してくれています」
「ジフロード!?産むって表での仕事はどうするつもりなの?」
眉を寄せた王太后様がわずかに腰を浮かせてユーリ様を睨め付ける。
「エリー落ち着きなさい」
隣にいた先王陛下が王太后様の肩を包んで、座り直させる。流石一国の国王を務めていただけあって、先ほどまでの混乱していた様子はなく、落ち着いた物腰で王太后様を宥めている。
「確かにユーリの子供であればいいに越したことはないが、お腹だって目立つようになるだろう。どうするつもりなんだい?」
諭すような静かな問いは、責めるというよりは、ユーリ様の考えを全て聞こうとしているようだった。
「幸い、生誕祭とニューイヤーの休暇で議会がない時期に出産になりそうなんだ。そこまでふた月ほどは脚を怪我して動けないということでジェイドとアルマに協力してもらう事になると思う。」
お父上の顔をしっかり見据えたユーリ様の瞳は、あの妊娠が分かった日と同様に、とても必死だ。何とかしてご両親にも認められたい。その気持ちが痛いほど伝わってくる。
ユーリ様の話を聞いた先王陛下は、大きく息を吐いてソファに身を沈めた。
「なるほど…ふた月か…たしか私も腰をやってそれくらいの期間寝込んだ事はあったなぁ。不可能ではないが、あれは即位して随分経った頃だし内政は安定していた。だが、ユーリはまだ即位したてだ。内政もまだ不安定だし、議会の古株の中には年若いお前をどうにか意のままに動かせないかと考えている者もいる。その上、あのような王族を狙った事件まで起こったばかりだ、王妃と王弟の二人で御すにはいささか荷が重くはないか?」
流石は長いこと国王として玉座を守って来ただけの事はある。先王陛下の言っていることは最もであり、私もユーリ様も国王と王妃として未熟であるという現実をまざまさと突き付けられて、言葉を失った。
自分達の考えがいかに浅く、甘かったのか。
ギュッと視界の端で、ユーリ様が硬く拳を握るのが見えた。多分今彼女も同じことを思い、そして悔しく感じている。そして、自分のお腹の中で育っている命をどうにかして産みたい、その思いとせめぎ合っているに違いない。
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