憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?

しばらく沈黙が流れた。その間に動いたのは王太后様で、彼女はもう一口紅茶を口にして、カップをソーサーに戻す。
「私も3人子供を産んだわ、お腹の中で新しい命を育める事は、女性にとってこれ以上無いほどの幸福である事はよくわかっているわ。だから貴方が、そんな経験ができる機会がある事を、母の身としては嬉しく思っているのよ?」
そう言って、静かにテーブルに戻すと、ユーリ様の顔を覗き込む。
「私たちにとっても、可愛い初孫になるのだもの。大事な娘と、可愛い孫の一大事を相談もなくましてや嘘をつかれて蚊帳の外にされるなんて悲しいわ。」
「そうでしょう?あなた?」と王太后様が先王陛下を振り返る。
「その通りだユーリ。元はと言えば私たちが不甲斐ないばかりにお前にとんでもなく重く辛いものを背負わせてしまったんだ。私たちにできる事は最大限協力を惜しまないよ。それくらいの事はさせてくれ」
そう言って、優しく微笑んだ先王陛下はゆっくりと視線をこちらに向けた。
「ユーリの動けない間は、私が王妃の相談役として一緒に表に出よう。これでもまだ退いて1年ほどしか経っていないからね。余計な事を考える者達への牽制にくらいはなるだろう」
「あら、私も協力するわよ。アルマが国王の代理として表の仕事をするなら、王妃の仕事を肩代わりする者が必要でしょう?私以外に適任はいないわ」
ふふふと笑った王太后様が続く。なんだかとんとん拍子に話が進んでおり、私もユーリ様も半ば呆然としながらそれを聞いていた。
「産んでいいの?てっきり反対されるかと…」
ようやくユーリ様が困惑したようにお2人に問う。まるで信じられないと言うようなその様子に、彼女が頑なにご両親に妊娠の事実を伝える事を拒んでジェイドと揉めていた理由がわかった。
きっと子供を諦めろと言われるのでは無いかと怖かったのだ。彼女とジェイドに大きな荷を背負わせてしまった事を苦しく思っているご両親だからこそ、ユーリ様を窮地に立たせたくない一心で反対するのではないかと思っていたのだろう。
「まさか!私たちが貴方に子供を諦めろなんて言うわけがないじゃない!お腹の子は私たちの初孫になるのよ!」
「そうだぞ!もっと頼りなさい!ただでさえ苦難が多い道のりなんだ。使える者や巻き込めるものは上手く使いなさい。国王としてもその考え方は大切だからよく覚えておきなさい。」
口々に心外だと怒るご両親の様子に、ユーリ様の険しかったお顔が、安堵で緩んだ。
「分かったよ。父様母様。」
そう言って微笑むと、ゆっくりと頭を下げた。
「どうか力を貸してください。私と、この子のために」


「問題はアースラン側と革新派の動きだな」
少し落ちついて4人でお茶を飲んでいると、先王陛下が唐突にそう話を切り出した。
アースラン王太子。ユーリ様の1歳下の王子でお母上を革新派にもつ方だ。
「公妃が身罷って以降、あやつの動きはどうも読めなくてな。妃の実家であるバルトヘルム公爵家がよく接触しているが、本人の意思がどこにあるのやら全く分からんのだ。」
アースラン殿下のお母上は2年ほど前に病で亡くなっていて、今は彼の後ろ盾はお母上の生家の公爵家である事は間違いない。しかし先王陛下がおっしゃるように、私から見てもあまり何を考えているのか分からないお方なのだ。
式典や行事などでお会いする機会はあるけれど、特に敵対心を感じることも、逆に親近感を感じる事もない。ただ淡々と無難にその場にいて、王太子の責務を卒なくこなしている。そんなイメージしかないのだ。
「しばらく私が怪我で側室を持つこともままならないとなれば、革新派はアースランを王の名代として持ち上げた上で権力を握ろうとするかもしれませんね。」
たしかにその通りだと、ユーリ様が頷く。
もしアースラン殿下が名代となれば、相談や報告として彼がこの居住区に上がって来る必要が出てくるだろう。そうなればユーリ様の妊娠を彼に隠す事は困難だ。
「なんとしてでも、私が王妃として国王の名代を勤め切らなければなりませんね」
私が呟けば、皆が大きく頷く。
「アルマには大変な苦労を強いるだろう。なるべくそうならないように私も目を光らせる。」
先王陛下が優しく諭すようにお声を掛けてくださる。
「ありがとうございます。心強いです」
なんだかゆるゆると肩の力が抜けるような気がした。
結局なんだかんだと、私自身も自分の負う重責にどこか力が入っていたらしい。
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