憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
「はぁ、疲れたわ。気分転換のつもりだったのに、台無し」
「お疲れ様でございました。お戻りになったらミルクティーでもお入れしましょう。蜂蜜たっぷりの」
「お願いアイシャ」
チェルシー様と分かれて、なんだか少々疲れつつ、胸の中の多少のイライラを抱えつつ、宮内の階段を登って行く。たいした相手ではなかったけれど、憩いの時間を邪魔された代償は大きい。少し甘いものをとって、落ち着かねばきっと午後の仕事は捗らないだろう。
これからの予定を頭の中で組み立てながら、居住区まで到達すると。
「あら?」
上り切ったところで、ジェイドと遭遇する。彼は、壁際にもたれ掛かってすれ違うというよりは、待ち構えていたという様子で。
「どうしたの?こんな時間に?」
そう首を傾げれば、彼は親指で窓の外を指す。
「チェルシーと話していただろう?何を企んでこんなところにまで来たのかと思ってな」
その言葉に「あぁ」と納得して、微笑む。
ジェイドの後方の壁に嵌め込まれた窓からは、中庭が一望できる。どうやらここから私達の様子を見ていたのだ。
「えぇ…公妃を陛下にお勧めしろって。余計なお世話をね」
肩を竦めて、「やんなっちゃう」と言えば、ジェイドは少しばかり渋い顔をしてため息を吐いた。
「やはり革新派はそちらの方向で動いてきたか…馬鹿な女だ。」
「おそらくは王太子妃であるご自分は容認されたのだから、私にも容認しろというご本人のお気持ちもおありかと」
結局その心情を革新派にうまく利用されているのだろう事も私は理解していた。
チェルシー様がアースラン王太子殿下の妃になられたのは今から3年ほど前の事だ。革新派派閥の王子の元には革新派の筆頭たる侯爵家の令嬢が相応しいと言う事で、彼女は随分幼い頃からアースラン王太子殿下の婚約者の座についていた。
そして互いの年齢と頃合いを見て随分と早くに結婚をしたものの、お2人の間には子供が出来なかった。なんとしてでも、ユーリ様よりも早く次代の跡取り候補となる男子が欲しいと焦った革新派の筆頭達は、お2人の結婚2年目を待たずに半ば強引に、同じ革新派派閥から伯爵家の娘を公妃として嫁がせたのだ。家のために嫁いで、家のために夫が他の女性を愛す事を容認せざるを得なかったチェルシー様のお心はとても複雑だったに違いない。
子を多く産むことを望まれている王妃である私だからこそ公妃を持つべきだろう。王太后様や自分のように、私も我慢すべきだと。そう言いたいのだろう。
「こちらは懐妊もしているのに、わざわざそんな大切な時期に公妃を娶れと言うのは随分非常識な話だ」
不快感を隠そうともしないジェイドは吐き捨てるようにそう呟くと、視線を窓の外に向ける。
「まぁ革新派も必死なのだろうな。公妃を充てがっても、アースラン兄上にいち早く子は出来なかった。そうであれば作戦を変更してユーリの公妃に自身の派閥の令嬢を捩じ込む方が得策だ。特にチェルシーの実家には姉のエリスがいる」
その聴き慣れた名前に私も頷く。チェルシーの一つ上の姉エリスは、私と共に長いこと王妃候補に名を連ねていた1人だ。革新派から公妃をとなれば彼女の名前がまず上がることは必至。
「このところユーリが多忙と王妃可愛さに、余計な上申は控えさせいると言うからな。とりつく島がないからターゲットを変えたのだろうな」
「それで私の所に来たのね!?王太子妃がこんなところにいるのも、おかしいもの!」
ジェイドの推察は納得できるもので、感心すると同時に憂鬱なため息が出る。これからしばらくは、革新派のこうした目論見を持ったもの達が近づいてくるのだろう。
妊娠中でないからいいが、もしユーリ様が男性で本当に私が妊娠していていたなら、もしかしたらこの話を聞いて思い悩んだりしたのかもしれない。そう考えると、革新派の…チェルシー様のやり方はなかなか酷いのではないか。
なんだか腹の底にムクムクと怒りが湧いてくる。
「とにかくアースラン兄上がこれにどう関わっているのかも気になる所だな。」
少し考えるように唸ったジェイドを、不思議に思って見上げると、彼は軽く肩を竦めてみせる。
「あの人の考えている事は昔からよく分からんからなぁ」
ここでもやはりアースラン殿下の読めなさの話になって、私は苦笑する。
本来気を許しやすいはずの弟であるジェイドすらもよく分からないというならば、他にアースラン殿下の真意を知る人が存在するのだろうか?
「とにかく、不自然に近づいてくるような奴らには用心する事に越したことはないな。何なら散歩の時も護衛をそば近くまでつけるよう近衛に進言するか?」
そう深刻そうな顔で聞かれて、私は慌てて首を振る。遠巻きに護衛されている今でも落ち着かないのだからピタリと張り付かれたらどれほど息苦しいのか。息抜きの散歩が息抜きでなくなってしまう。
私の思考を読んだのか、ジェイドがおかしそうにクスッと笑って、そして一度その凛々しい顔を引き締めた。
「それはまぁ用心するとして…今夜、部屋にいっていいか?」
唐突な申し出に、咄嗟に息を吸い込み過ぎてヒュッと喉が鳴った。
「どうしたの?」
彼がリビングルームでなくて、私の部屋に直接やって来ようとするなんて珍しい。何か深刻な相談事があるのだろうか?
そう思って私も表情を引き締める。
そんな私の不安が分かったのか、ジェイドが少し慌てたように表情を緩めた。
「今日はモンシェールの日だろう?ユーリに聞いたらまだ甘いものは受け付けないらしい。それに最近就寝も早いだろう?いくらなんでも俺たちだけ隣の部屋でワイワイ楽しく過ごすのもと…思ってな。」
そう言われて、そう言えば確かに、と私も納得してしまう。
「うぅっ、美味しいのはよく分かっているのに、食べる気になれないのが辛~い」と、普段なら好物なのに、今は悪阻の影響で食べられない物を見た時のあの悔しそうなお姿は確かに可哀想に思えてしまう事がある。
「じゃあお茶を用意してお待ちしているわ!」
にこりとジェイドに笑いかけると、明らかにほっとしたように彼は頬をゆるめた。
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