憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
ジェイドが部屋にやってきたのは夕食を終えてユーリ様が就寝されてから少し経った頃だった。
「今日は珍しいのを食べてるのね?」
各自取り分けられたケーキをつついていると、ジェイドの皿の上に、普段彼が食べているものとは違う艶やかなチョコレートのケーキが載っていることに気づく。
「ん?新作らしいぞ?少しビターで甘過ぎないらしい。一口食べるか?」
そう言われて皿を差し出されるので、遠慮なく新作の味見をさせていただく。
少し苦味の効いた口溶けの良いチョコレートの中からオレンジピールの苦味と甘味がアクセントになっているらしい。
「美味しい!次からこれにしようかしら!」
一口食べて気に入った。このところずっと同じショコラのケーキばかりだったから、そろそろ気分転換に変えても良いかもしれない。でも、幼い頃から食べてきたこのショコラを外すのは少しばかり寂しい。
「どうしよ~ぅ」
むむっと口をつぐんで考え込む。口の中ではビターチョコと柑橘の酸味が誘惑している。
そんな私を見て、ジェイドはハハッと笑う。
「じゃあ半分にするか?俺もショコラは好きだし、この新作も気に入ったから次回からはこれを頼もうと思っているし」
「いいアイディアだわ!」
最高の申し出に私はぴょんと肩を跳ねる。
一度に3種類の味を楽しめるなんて最高だ。
そんな私を見て、ジェイドがおかしそうに笑うので、自分の子供っぽい振る舞いが急に恥ずかしくなる。
「どうした?」
急に黙り込んだ私を見た彼は、きっとわたしの考えなんてお見通しのように楽しそうに私を観察している。
「っ、、、何でもないわ!」
逃げるように視線を逸らせば、彼は笑いを噛み殺しながら「そうか」と言った。
以前ならそこから恥ずかしさを隠すために意地を張って、言い合いになっていたのだけど、何故か今はそんな空気にすらならない。それが私達の間に生まれた大きな変化である事は間違いないのだけど。
「どうした?」
そんな事を考えていたらジェイドが今度は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ん?いや…前は顔を合わせれば、あんなに喧嘩してたのに、今はそんな空気にもならないんだなぁって、ふと思っただけ」
素直にそう言えば、ジェイドは少し考えるそぶりを見せて「そうか?」と首を傾けた。
「最近までしていただろう?ほら結婚式の時とか」
「あぁ、そうだったわね!」
とはいえそれも数ヶ月前の事である。
「あの頃は言えないことが多くて、もどかしくてついイライラしてしまったんだろうな?」
昔を懐かしむようにジェイドが呟く。彼の中ではきっともっと昔の事が思い出されているのだろう。
「そうね、私は何も知らなくて結構好き勝手言っていたしねー」
思えばユーリ様に夢中な私はジェイドに随分酷いことを言っていた気もする。喧嘩になって当然だろう。
「だが、あれはあれで楽しかったけどな!」
だからそう言われて、私は驚いて彼を見る。
「そうなの!?」
喧嘩をして楽しかったなんて、正気!?大丈夫?と少し彼が心配になる。
そんな私の心情も具に読み取ったらしい彼は、心外だと眉を寄せた。
「俺と面と向かって口喧嘩するようなの、お前しかいなかったからな!ユーリもアースラン兄上も弟だと言う事で俺には随分優しかったし。」
「あ、なるほど…確かに!」
言われてみれば至極真っ当な理由だった。確かにジェイドの周りで歳が近くて気安く話せる人は少なかっただろう。私はその中でも貴重な喧嘩相手だったと言うわけか。
そう思うとなんだか少しくすぐったい。
「じゃあ、私に気を許していたってこと?」
そう聞いてみれば、ジェイドはそうだなぁと宙を見上げた。
「そうだと思うぞ?でも最近はなんだかよそよそしいな?」
大人になったか?と冗談まじりに言われて、私はプイッと外方を向いた。
「だって、ジェイドが喧嘩売ってこないから!調子が狂うのよっ!」
「ハハッ!確かに!それは俺もそうかもしれん。でも、それだけか?」
途端にジェイドの視線が真剣な色を帯びたのを感じて、ドキリと胸が跳ねる。
長椅子の端にいたジェイドかわずかに腰を上げて、彼の大きい手が伸びてくる。
その手が、私の唇の横を優しく撫でる。
「俺はそれだけではなかったぞ?一年以内とかいう余計な期限があったから、逆に踏み込めなくて、どうしたらいいかと考えあぐねていた」
至近距離までやってきた彼の視線は先ほどまでのふざけたり、揶揄ったりするような色は一切なくて、私はゴクリと唾をのむ。
「だが、逆に期限が伸びたらそれはそれで…苦しくて困っている」
少しだけ眉を寄せた彼はそこで少しだけ視線を落とすと、一拍の後に顔を上げてしっかりと私を見据えた。
「俺は、お前が昔から好きだった。お前がユーリを思い始めたころからずっと」
深いグリーンの瞳が私の視線を捉えて離さない。言われた言葉を噛み締めて、噛み締めるほどにそのグリーンの瞳の真剣さが伝わってきて。
「そんな風に、思ってもらっていたなんて知らなかった」
ジェイドは自分の役目として私と子供を成すことを了承していて、そのために私を大切に扱ってくれているのだと、ずっと思っていたから。まさかそこに彼の想いがあるなんて、考えてもいなくて。そんな私の驚きを、理解していると言う顔で、彼は頷く。
「本当は初夜の夜伝えようと思ったんだ。でもお前は、いっぱいいっぱいだったから」
「う…確かに」
確かにあの時の私は混乱し過ぎていて、こんな話しをされてもさらに混乱するだけだっただろう。ジェイドの判断は正しい。
「いつ言おうか迷っていたんだ。そうしたらそこに一年という期限がついちまって、そのために気持ちを伝えるのは違うと思っていた。これだけは俺の意思で決めたかった。だから、猶予ができて、急く必要のない今伝える。俺はお前が好きだ。義務でなく、生涯唯一だと思っている」
ジェイドから紡がれた言葉は、彼の苦悩と覚悟と真剣な想いが偽りなく述べられていることが伝わってきて…思わず息が詰まる。
そんな私の反応も彼はしっかり分かっていて、フッと頬を緩めた。
「すまないやはり困らせたな。ただ知っておいてほしかっただけだ。今すぐにどうにかとは思っていないから」
頬を撫でる温かな手がゆっくりと離れる。咄嗟に離れて行こうとする、彼のシャツを掴んだ。
驚いたような、彼の双眸が私を捉える。その瞳をしっかり見上げる。私もきちんと伝えなければと。
「まだ、よくわからないの。でもちゃんと意識はしてる、だからもう少しだけ猶予を頂戴」
ジェイドに惹かれいて、気持ちが育って来ているのは分かっている。あと少し、少しだけ心の整理をつける時間が欲しいのだ。
懇願するように見上げた私を見下ろしているジェイドが、驚いたように瞳を見開く。そうしてフッと眉を下げて蕩けるように微笑んだ。
ドキリと胸が跳ねて、なぜかわからないけれど目の奥がじわりと熱くなる。
不意にシャツを掴んだ手を引き寄せられる。額に彼の唇が触れて、そしてすぐに離れた。
「いくらでも待つさ。だって俺、十数年俺を見ないお前を見続けたんだぞ?」
温かな指が頬を撫でて、そうして彼は少し照れくさそうに微笑んで
「おやすみ」
静かにそう告げて部屋を出て行った。
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