憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
なんだかどっと疲れて、王宮に戻る。
「大丈夫?アルマ」
出迎えたユーリ様は気の毒そうに私を見ると、ソファに座るように促して、手ずからお茶を入れてくださった。その間に、アミーラ王女との間で交わされた話の内容を伝える。
「参ったね、しかも私情が挟まっているのかぁ」
お茶を出して向かいのソファに座ったユーリ様が天を仰ぐように息を吐く。
「厄介だね。とりあえずこちらの誠意として、一度会う時間は作らないといけないだろうねぇ」
「私もそう思います。このままこちらの決定を盾にお帰り下さいとお伝えしても、納得するとは思えません。」
頷いて肯定すれば、ユーリ様が眉を下げた。
「辛い立場にしてしまって、すまないね」 
「お相手は王女殿下ですから…私が出ない方が不自然です」
立場的には仕方ないのだ。
ただ、問題はこの事をジェイドにも伝えねばならないことだ。
私の口から、彼に求婚してきている女性に会いに行けと言うのはいささか残酷だろう。
ユーリ様から言っていただくのが筋なのかもしれない。そう思い口を開きかけたところで、リビングルームの扉を叩く音が響いて…。
「陛下、少し急ぎでよろしいでしょうか?」
ジフロードがひょこりと顔を出した。アミーラ王女の来訪によって、ユーリ様側もどうやらバタバタしているらしい。
ユーリ様は、私に「ごめんね」と軽く詫びて腰を浮かせると。
「また夕食の時にでも相談しよう!」
そう約束して、出て行ってしまった。
残された私は、ソファの背もたれに背を預けると、手の中のカップを回してお茶の流れをぼんやり眺める。
アミーラ王女…可愛らしい人だった。
とても一途で、他国まで乗り込んで来るくらいジェイドに惚れ込んでいるのだ。だからこそ…正直な気持ちジェイドには会って欲しくは無かった。
しかし、私の立場としては二人の中継ぎをしなければならなくて…。
そんな事を考えていると、先ほどユーリ様が出て行かれた扉がカチャリと開いた。
ノックなしで入ってくる人間なんて限られていて…。
「ジェイド…お疲れ様」
顔を出した人物を見て、泣きそうになった。
「アルザバルドの王女が来たって?」
やってきた彼は不機嫌全開の厳しい顔で私の隣までやってきてドサリと腰掛ける。
「そうなのよ」
肩をすくめて肯定すれば、彼の眉がまた少し不機嫌そうに歪められて。
「何でまた?今日の議会でこの件は断ると決まっただろうに!」
理解できないと言う彼に、私は苦笑する。これを私の口からは説明したくはなかったのだが仕方ない。
「貴方に一目惚れしたらしいわ!慰霊祭の時にお忍びでいらしていたらしいの。自ら貴方を説得しに来たって言われたわ」
そう伝えると、彼は「会ったのか!?」と驚いたように見てくる。軽く肩を竦めてやれば、「そうか…」と額に手を当てた。
「アルマの立場なら、相手しないわけにはいかないか…」
納得したように呟いた彼に頷いて、私は意を決して向き合う。
「王女が一度貴方に会いたいって要望されているわ。どこかで時間を作れない?」
案の定、私の言葉にジェイドは驚いたように目を見開いて
「まさか、面会を了解したのか?」
問い詰めるような口調だった。あぁ、やはり私の口から言わない方が良かった…そう思ったけれど、もう遅い。
「いらしてるのを会わずに追い返すわけには行かないでしょ?」
宥めるように告げる。彼の厳しい顔の中に少し傷ついた色を見た気がした。
「っ…俺は会う気はない!」
絞り出すように言ったジェイドの言葉は、私の提案に対する明確な拒絶だった。でも彼がそう言ってくれた事に、心のどこかで安心している自分もいて…。
「議会が割れて、ユーリが断ると言った。そしてそれが我が国の最終決定だ。その決定に従って俺は会うべきじゃ無いと思っている。俺にその気がないと分かれば、その方が先方も諦めがつくだろう」
ジェイドの言っていることは最もな事だ。
ただ、実際にアミーラ王女に対面した私には、彼女がそれで納得するとは思えないのだ。
だからこそ、ひと目会って引導を渡してやるべきではないだろうかとも思う。
「でも…」
それをどう伝えるべきかと、言葉を探していると、不意に腕を強い力で捕まれた。
「アルマは、オレが王女に会っても平気なのか?」
私を見下ろしているジェイドの瞳は、どこか悲しげに揺れていて…。あぁやはり傷つけてしまったのだと胸の奥がズキリと痛んだ。
「そうじゃなくてっ!」
否定したくて言葉を探すけれど、悲しげな彼の視線に耐えられ無くなって涙が溢れた。
「俺がいなくなっても、アルマはいいのか?」
最後は縋るように苦しげな声で問われて…私は激しく首を振る。
ちがうのだ。ジェイドには側にいて欲しい。できることならアミーラ王女になんて会ってほしくはない。でも…彼女に諦めて貰わなければ、この不安は取り払われることはなくて、だから…。
説明をしたくて口を開こうとした、それを
もう何も言わせないと言うように、彼の唇が強引に塞いだ。
「っ…んっ!」
到底抗えない強い力で、ソファの背に身体をおしつけられて。大きくて逞しい彼の身体に押し潰されるようにされた私は抵抗なんてする事はできなくて…。
唇を割って入ってきた、ジェイドの舌が、求めるように私の口内をかき混ぜて、舌を捕まえた。まるで私の声も言葉も全て奪い取ろうとするような、その深くて激しい行為に
怖い
いつもの優しくて、壊物を触るように触れてくる彼とは違いすぎて、つい身を固くした。
私のそれに気づいたのだろう。ジェイドの舌の動きが僅かに緩やかになって、そしてゆっくりと唇が離れた。
途端に新鮮な空気が肺に入ってきて、肩で息をしながら彼を見上げれば
「すまない…怖がらせた」
後悔を滲ませ、自身の行いを責めるように彼は呟いた。そうして私の瞳から溢れる涙を、優しい手つきで拭うと。
「すまない」
もう一度謝って席を立つと、足早に戸口へ向かっていく。
「ん?あれ?ジェイド…どうした?」
ちょうど戸口で戻られたユーリ様とすれ違ったものの、彼は無言で首を振ると足早に扉の間をすり抜けて出て行ってしまった。
「ん?どうしたんだよ全く…アルマ?」
訳もわからず戸口で呆然としたままのユーリ様は、私に視線を向けて、そして私の様子で私達の間に何かがあった事を悟ったらしい。
「仕方のないやつだな全く!大丈夫だよアルマ」
眉を下げて肩をすくめた彼女は私の隣…先ほどジェイドがいた場所に座ると、わたしの肩を引き寄せて優しく頭を撫でる。しばらくそうして寄り添ってくれたユーリ様に、ジェイドとのやりとりをゆっくりと伝えれば。
ユーリ様は呆れたようにため息をついて。
「ちょっとあいつには言ってやらないとなぁ。」と少しお怒りのご様子で呟いた。
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