憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
「新聞の報道を受けて殿下も急ぎで戻っておりますが、恐らく明日になりますので、代わりに私が先んじてまいりました」
ユーリ様とジフロードと、手にしていた仕事を投げ出して、大急ぎで彼女が案内された応接の間に向かえば、そこには新聞で見た通りの凛々しく整った顔つきの美しい女性が、シャンと背筋を伸ばして待っていた。
突然の訪問を詫びた彼女は、やはり流石と言うべきかとても落ち着いて堂々とした様子で、自身の訪問の経緯を話す。
どうやら彼らのいた北東部は僻地という事もあり、王都の情報は数日遅れで入ってくるので、この新聞記事の騒ぎに気づいたのもつい先日らしい。何ならユーリ様がジェイドに送った説明を求めるお手紙の方がわずかばかり、早く届いたらしい。
王都での混乱を把握したジェイドは視察の段取りを変更して、すでに帰路に着いているもののそれでも現地で済ませなければならない事はそれなりにあって、その様子をもどかしく思ったシェリン嬢が一足早く、お戻りになったという事らしい。
まずはご挨拶もせぬまま、先に世間に話が広がってしまいまして大変申し訳ありません」
深々と頭を下げた彼女の艶のあるハチミツ色の髪がキラキラと、昼間の日差しを浴びて輝く。
伯爵令嬢ではあるものの、騎士職についているためか、その顔には化粧っ気がない。
それなのに、くっきりとした目元や、形の良い唇、血色の良い肌はきちんと整っていて、素材の美しさが溢れ出ている。
途端に朝から侍女達にあれやと世話を焼かれて、決して濃いわけではない化粧やらヘアメイクなどで作り上げられている自分が恥ずかしいような気さえしてきた。
「そう、言われる…と言うことは、記事の件は真実と言うことかな?」
最初に言葉を発したのはユーリ様で、彼女の言葉にシェリンはしっかり頷く。
「大筋は記事との通りかと…本日のものにはまだ、目が通せておりませんが。」
やはり、彼女がジェイドの婚約者として話が動いているのは間違いないらしい。胸の奥を掴まれたような感覚に、息苦しさを感じながらも、何とか彼女から視線を逸らすこと無く頷くしか出来なかった。
「我々の事はどの程度理解されているんだい?」
低く確認するように聞くユーリ様は。どこか彼女の事を警戒されているご様子で、彼女がどの程度の情報を握っているかを知った上で話を進める事を考えているらしい。
ユーリ様のお言葉に、シェリン嬢はやはりキリリとしたお顔つきのまま頷いた。
「陛下が幼い頃に患った熱病のせいでお子を望めないお身体になられている事、代わりにジェラルド殿下が王妃陛下との間にお子をもうけなければならない状況であると言う事は、聞かされております。」
ジェイドが何を考えているのか、ユーリ様の性別に関係する話はされていないらしい。
彼女の答えに、ユーリ様は深く頷かれて
「なるほど…アナタはそれを聞いて、それでもいいと思われた?」
ユーリ様の問いに彼女が僅かに頬を緩めた。
「はい。私は本来結婚などする気などは毛頭とありませんでしたが、殿下の熱心な説得に負けました」
ジェイドが熱心に説得をする?では最初に結婚を望んだのはジェイドという事で、彼女から声をかけたわけでもなく、ジェイドが選んだ。
彼は、何を考えて彼女を巻き込もうと思ったのだろうか?
「とにかく、そう言う事ならば、ここでこの話をこれ以上続けることはできないな?彼女を上にご案内するが、アルマいいかい?」
ここは、王宮の中でも比較的多くの者が出入りできる場所にある応接室で、、、外部から聞き耳を立てられている事を考えると、安全性が、保たれている私達のリビングルームの方がいいと、ユーリ様は判断したらしい。それについては私も賛成なので、同意して頷けば「では」と言ってユーリ様とジフロードが椅子から立ち上がる。
私もシェリン嬢もそれに倣って立ち上がると、そのまま応接室を後にする。
立ち上がってみれば、やはり彼女は背が高くてそしてスタイルも良かった。
3人で足早に上に上がると、先ぶれがあったのだろう。侍女達がお茶の用意を済ませており、私たちの入室を確認するとすぐに礼をとって出て行った。
そうして、それぞれソファに腰掛ける。話の続きを聞きたいけれど…聞きたくない、そんな思いで両手を握る。
隣に座るユーリ様が「さて…」とどこから話を聞こうかと思案したところで、バタバタと部屋の外が騒がしくなった。なにごとだろうか?と外を伺おうとジフロードが腰を浮かせだところで、リビングルームの扉が開いた。
この扉をノックも無しに、不躾に開ける人間はそうそういなくて…そして今その殆どの人間がこの部屋にいる。
そう、一人を除いては。
その一人…ジェイドが扉の前で肩で息をしながら立っていた。その髪は、馬をかけてきたらしく乱れていて、外す暇もなかったのか、所々葉っぱや塵のついた外套のままで…。
とにかく急いで戻ってきた…そんな感じだ。
「あら、殿下。早かったですね」
唖然とする私達をよそにシェリン嬢が意外そうにつぶやいて、「もしかして夜も駆けてきたのですか?」と問う。
その言葉に、戸口に立ったまま、それでも扉をきちんと閉じたジェイドは眉を寄せる。
「勝手をするなとあれほど、言っただろ!なぜ俺を待てなかった!」
そう言って、シェリン嬢に怒りながら、ズカズカとこちらまでやって来たジェイドに、当のシェリン嬢は肩を竦めて
「でもタイミングが最悪でしょう?なるべく早くと思ったのです。」
悪びれた様子もなく言い放った。
その言葉に額に手を当てたジェイドは
「それはそうだが、お前がきちんと説明できるとも思えん」とため息まじりに言うが
「それは心外です。」
と、とても冷静な声で返されていた。
なんとなく、これだけの会話でこの二人の関係性がわかるような気がしてしまう。
彼女とのやりとりに、疲れた様子でもう一度深くため息を吐いたジェイドは、ジフロードが持ってきた椅子に座ると、ユーリ様と私をしっかり見つめて
「とにかく俺から、ゆっくり説明をさせてくれ」
そう言ってようやく外套を脱いだ。
「今回新聞記事になった婚約の話は、本当だ。だが、本来ならばこの視察を終えてから、2人にもこの話をして、話を詰める予定だったんだ。国王と議会の承認を得て公式発表をする一般的な正規の手順を踏んで、その後に追加情報として出させるための下準備だったんだ」
そう言ったジェイドは、外套の下に来ていた隊服の上着も脱いで、シャツの襟元を緩めた。
どうやら本当に昼夜を問わず馬を走らせてきたらしい。
「記者は軍に出入りしている信頼できる者を使って、その時期もこちらの指示で見出すように考えていたんだ。そのために色々とこの視察中に手回しをしていたのだが、どうやら記者の記録を見た、彼の上の連中が勇み足で他にスッパ抜かれる前にと焦って独断で出したらしい。こちらから厳重に抗議をして、明日の新聞では謝罪と訂正を行わせるように手配した」
そこまで話して、ジェイドは大きく息を吐く。
「とにかくシェリンと俺を、昔からの仲だとアピールさせて相愛を強調させるために、今回の視察に記者を同行させて写真を撮らせたり、色々根回しをさせていたんだ。それがまさかそのままリアルタイムで王都で記事にされて出されているとは思わなかった。」
「なるほど…それで慌てて帰ってきた…」
とりあえずは理解したと、ユーリ様が頷いたが、その言葉はどこかまだ硬い。
「すまない、一言でも言っておけば良かった」
そう言って頭を下げた彼に、珍しく怒った様子のユーリ様はため息と共にソファの背もたれに身体を預けた。
「そうだな…それに尽きる。ずいぶんとアルマが不安だったと思うよ」
そう言って私を見たユーリ様は、何か言ってやれ!目配せするけれど
「すまないアルマ」
本当に申し訳無さそうな顔でジェイドが詫びるものだから、なんだか怒る気も起きなくて…それよりもどちらかと言えば彼自身の口で説明が聞けた事に安堵してしまって。
ジェイドに何か言う代わりに、私は彼から視線をシェリン嬢に移す。
「記事が出てしまった理由は、とりあえず分かったのだけど…なぜシェリン嬢はこんな結婚を快諾したの?」
普通、夫となる男性が密かに別の女性との間にも子供を持つつもりどころか、実際に今現在妊娠している(と彼女は思っているだろう)のだ。
そんな男とわざわざ夫婦になる事を了承しているという事が不思議でならなかった。
この結婚が彼女になんらかの利点があるのだろうか。もしくは、それを許してまでジェイドの妻になるほど彼に気持ちがあるのか…。
私の問いに、シェリン嬢は「そうですよね」と私の意を汲んだように僅かに微笑むと頷く。
そして、「私ごとで、申し訳ありませんが」と前置いた彼女は、しっかり私の顔を見て
「実は私、男性には興味がありませんの」
と宣ったのだ。
その場の時が、止まった気がした。私とユーリ様とジフロードは。その言葉の意味を頭の中で処理するのに時間がかかり、ジェイドは、「まぁそうなるよな」的な顔で私達を見ていて
シェリン嬢はなんだかすっきりとしたお顔でニコニコと笑っている。
「えーとまぁ。そういう事でだな…彼女の恋愛の対象は女性なんだ」
私達の混乱が、少し治りそれでも言葉を発せないのを見計らって、ジェイドがもう一度噛み砕くように説明をしてくれた。
「な、なるほど…」
感心するように息を吐いたのはユーリ様だった。
「これでも伯爵家の娘ですから、いずれは家の言いつけで殿方と添うことになりましょう?殿下の提案はわたしにも利が大いにあると判断しました」
そうハッキリと言いきった彼女は、私に視線を合わせてにこりと微笑んだ。ジェイドには興味がないから、安心してほしいと言うことなのだろう。
「わたしには、女性のパートナーがおります。幼い頃から我が家に仕えているアニーと言う娘なのですが。私は彼女といられたらそれでいいんです。」
「一応俺の離宮でシェリン付きの相談役としてアニーを雇う事になっている。離宮はここから少し遠いだろう?通うのは大変だから、俺は今まで通りこちらで生活するつもりだ」
だから何も変わらない。と私を安心させるように彼は微笑んだ。
「でも大丈夫か?結婚してすぐにそんなんで、仮面夫婦といわれないか?」
心配そうに眉を寄せるユーリ様に、ジェイドは肩をすくめる。
「もともとシェリンは2年ほど西部への赴任が決まっているんだ。だからこそこのタイミングで結婚を決めた。仮面夫婦と言われないために、記者を使って、俺たちの付き合いの長さと信頼関係をアピールしたかったのだ。それが混乱を招く事態になったのだがな。」
「騎士のお仕事を続けるのですか?」
そうシェリン嬢に問えば、彼女は当然というように頷いた。
「もちろん、仕事に理解があるのも条件としては大切でしたから!」
なるほど…貴族の令嬢が婚姻後に仕事を続ける事はなかなか許されない、まして騎士職であれば尚のことだ。要はこの結婚はジェイドと彼女の理想が、上手く合致した…という事なのだ。
「しかしよく、こんな上手い相手を見つけたな?」
感心したようにお茶を飲むユーリ様に、ジェイドは「まぁな」と笑った。
「戦争しながら目をつけていたんだ。もし結婚しなければならない流れになったならば、彼女がいいだろうって」
「話を聞いて、最初は王族になんて冗談じゃないと思いましたよ。でも実家から縁談の話が舞い込んできて、アニーといられないって思ったら、王族の仕事くらい請け負う方がマシだと思いました」
2人からの説明を聞いて、私達は妙に納得してしまった。
「とにかくそういうわけで、話を進めておいてほしいんだが…」
済まなそうにジェイドがユーリ様に言えば、ユーリ様は仕方ないと言うように息を吐く。
「分かったよ。とりあえずこれで議会は黙るだろう。彼女の実家は大丈夫なのか?」
「お父上も、元々は軍の人間で面識もある。事前に手紙でやりとりはしていて許可は出ている」
「なら問題ないな。後で議会向けの説明の案を作るから時間取れるか?」
「大丈夫だ。少し片付けたら行く」
2人で今後の打ち合わせをして、そしてユーリ様は途中になっている執務にジフロードと戻って行った。
「では私も、一度宿舎に戻ります。」
シェリン嬢もそう言って、本隊の帰還まで休みをもらうとジェイドに宣言して出て行かれた。
3人を見送った後、部屋には私とジェイドの2人きりになった。
「すまない、色々と不安な思いをさせた。」
最初に言葉を発したのはジェイドで。彼は私の隣に腰掛けると、私の瞳をじっと見つめて謝罪する。
「だが、これが整えば、俺はお前のそばにいられる。この前のように他国に引っ張られることもない」
「だからこんなに急に?」
そう問えば、彼は眉を下げた。
「少し前から何かあったらと思って準備はしていたんだ、生涯独身でもいいと思ったが、アルザバルドの件でその考えも甘いのだと分かった。アルマのそばにいられることがなによりも優先事項だ。だから、色々と手回しをして外堀を埋めて安心して説明ができる状況を作ろうとこんな手を使ったんだが、タイミングが悪かった」
すまない、ともう一度謝罪されて私は首を振る。
「状況は分かったし、もう少し早く教えてくれていたらとは思わなくは無かったけれど…」
「すまない」
ジェイドの手が頬を包んで、頬に口付けが落とされる。
「不安だった。全く知らないあなたの事を毎朝毎朝、他人の言葉で伝えられて、本当のジェイドの考えが、どこにあるかわからなくて」
その先は、言葉にできなかった。この数日胸の奥に抱えていた不安や、虚しさを吐き出そうと思ったのに…。
ジェイドに触れられたら、そんなことよりも彼の存在を実感したくて、触れたくて。
少し伸び上がって、初めて私から彼の唇に口付けた。
彼が驚いたように息を飲んだのが分かったけれど。すぐに大きな手が私の背に回り、力強く引き寄せた。
「ずっとそばにいてもいいか?」
何度か口付けを交わし合って、ようやく離れた所で、彼が甘く囁くから、返事の代わりに彼の頬に口付けを送った。
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