マリファナの樹
マリファナの樹
「肋骨から芽が出たよ」
26回の振替えの末付き合ってから8度目の外食が実現を果たした日、桐子がラム肉のソテーにナイフを入れながら事もなげに呟いた。
「………………え?」
「ラムは臭いがちだけどこれとても前処理されてるね。柔らかくてほろほろで美味しい、うーん。マイルド」
「いや、マイルドじゃなくてえ、…は?」
話聞けよ、と次に向かう左手を正面から食い止めれば薄着のシャツが草臥れる。反射的に掴んだ手、首元の痣を見てから自分の目を疑った。
「花餌になっちゃったらしい、私」
【花餌】
学術誌に記載されている、国が定めた指定難病の一。
発症患者は全国で1,000例にも渡っておらず、日本でも第一患者を始めとする症例ケースを元に隔離・治療の末研究を続けており、濃厚接触者の血液検査、唾液検査、遺伝疾患の可能性を危惧し配偶者等の隔離を向こう数十年に渡り実施、罹患の症状が見受けられなかったことから現状遺伝疾患と伝染の危険は低いとされている。
症状として、全身に見られる皮下出血から始まり、痣がやがて芽を出し
「…宿主を喰らう」
「はーなーえーきゅんっ」
首に巻き付いてきた重りにばた、と電子工学の本を閉じる。そのまま本命のスマホをネルシャツの胸ポケットに仕舞うとねえねえねーえ、と耳元に届くねちっこい猫撫で声。
「聞いたぜ相棒。ようやく26回のドタキャンの末昨日恋人東海林桐子との8度目の会食を実現させたらしいではないかくぅ〜!! で、ヤッた?」
「してない」
「ヘタレか〜〜〜〜〜〜い」
オレの友人マジ奥手、と上がったり下がったりしているのは大学院の同期で中学からの腐れ縁の剣菱 類。オレの類は類稀なる類なんだよろしくな、と始業式の自己紹介でクラスメートに一線引かせた逸材で、その大衆に倣おうとしたのに隣の席のこいつに怒涛の授業妨害を受けてから今日まで続いている腐れ縁。
なんなの中学生なの?? と自身でトレードマークと称しているウェリントン型の黒縁眼鏡を押し上げるとキスはした? としゃがんだまま問うてきた。
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