涙の涸れる日
 そしてその翌日、会社のデスクの荷物を片付けに出社する。

 私物などはほとんどないが。

 榎本から送別会を明後日に予定していると教えられたが丁重に断った。

 営業部の佐田部長、殆ど出払っているが、デスクで仕事をする同僚達に
「お世話になりました」
挨拶して人事部へ行く。

 橋元人事部長に辞表を提出した。

「高梨君。これはどういう……」

「お世話になりました。辞めさせて頂く事にしました」

「ちょっと待ってくれ」
橋元人事部長は何処かに電話を掛ける。
「分かりました。はい。伝えます」
電話を切り
「社長が会いたいそうだ。直ぐ社長室に行きなさい」

「えっ? あ、はい。分かりました」


 社長室で応接セットに向かい合って座っている。
「辞表を出したそうだね」

「はい。お世話になりました」

「辞めてどうするんだ?」

「兄の居る北海道に行こうと思います」

「そうか。仕事はあるのか?」

「兄が獣医をしているので、その手伝いでもしようと思います」

「君には本当に期待していた。それは分かってくれるね?」

「はい。それは良く分かっております」

「非常に残念だよ。君ほど熱心に仕事をする営業マンはなかなか居ない。だが……」

「おっしゃらないでください。自分が一番よく分かってます。本当に後悔しております」

「そうか……。元気で」

 社長は右手を出した。
 社長と初めて握手をした。

 その手は温かく……。
 涙が零れた……。

 社長の期待に応えられなかった自分自身の不甲斐無さに……。

「ありがとうございました」


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