涙の涸れる日
 座敷に座り、規智兄さんを待つ。
 それほど待つ事もなく兄さんは現れた。

「悪いな。遅くなった」

「そんな事ないよ」

「今、料理はお任せで頼んで来た。飲むか?」

「いや。きょうはいい……」

「何だ? 難しい話か?」

「実は……。結婚したいと思ってる人がいる」

「煌亮にも、ついにそういう人が出来たのか?」

「いや。まだ彼女には何も言ってないんだ」

「どういう事だ?」

「彼女、最近離婚したばかりなんだ」

「そうなのか……」

「学生時代から友達として付き合って来た」

「当たって砕けるのを避けて来たという事か」

「友達というポジションなら離れる事もないと思ったから……」

「でも彼女は別の男と結婚した」

「あぁ」

「で、離婚したと聞いて居ても立ってもいられなくなったと?」

「うん」

「煌亮、父さんと母さんの馴れ初めを聞いたことあるか?」

「いや」

「実は母さん再婚なんだよ」

「えっ? 本当に?」

「短大を卒業したばかりの二十歳で、望まれて華道の家元に嫁いだ。でも二年経っても子供に恵まれなくて、跡継ぎも産めない嫁など要らないと離縁されたんだそうだ」

「そんな……」

「その後、父さんと出会って結婚した」

「えっ? 家は兄弟四人だよね?」

「ああ、そうだ。母さんが子供を産めなかったんじゃなくて、家元に子種が無かったって事だ」

「知らなかったよ」

「離縁されてボロボロだった母さんに父さんはプロポーズした。でも母さんは断り続けたらしい。子供の産めない体だから結婚する資格がないと言ってな」

「そんな心配必要なかったのにね」

「そうだな。だから母さんは三人も年子で産んで、きっと幸せだったんだろうな」

「もう一人、女の子が欲しいって……」

「まぁ、生まれたのは煌亮だったけどな」

「そうだね。父さんは凄いよ。父親としても、会社のトップとしても、一人の男としても尊敬するよ」


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