恋に焦がれて鳴く蝉よりも
 初めて聴く滝田の低い声に、自分の肩を抱く
手の温もりに、心臓は早鐘を打って仕方なかっ
たけれど、それでも、蛍里は彼の手を剥がすこ
とができなかった。

 何も言葉を交わさぬまま、駅までの道のり
を歩いた。

 何も言葉がないから、駅までの道のりが遠く、
遠く、感じられた。

 ようやく、駅に辿り着いた蛍里の肩から滝田
の体温が去っていく。蛍里はどんな顔をすれば
いいかわからず、顔をあげられなかった。

 だから、あの本の持ち主は滝田なのか……
肝心なことも訊けなかった。

 「じゃあ、気を付けて。また、明日な」

 階下のホームからくる、生温かい風に額を
露わにしながら、滝田が笑う。

 その笑みはいつものもので、蛍里はやっと
肩の力を抜くことができた。

 「うん。滝田くんも、気を付けてね」

 まだ少しぎこちない笑みを返してそう言う
と、蛍里は駅の階段をゆっくりと下り始めた。

 手の中のコーヒーは熱を失って、すっかり
冷たくなっていた。






 「やっぱり、違いすぎるなぁ……」

 風呂上がりの髪をタオルドライしながら、
蛍里は詩乃守人の作品を幾度も読み返していた。

 やはり、この文章を書いたのが滝田だとは、
どうしても思えなかった。違いすぎるのだ。

 滝田の明るい人柄と、詩乃守人の綴る繊細で
やわらかな文章が、あまりにミスマッチすぎる。

 何となくだけれど、蛍里は教科書やテレビな
んかで紹介される、いかにも文豪風の容貌をし
た作家と、詩乃守人のそれを重ねていた。

 けれど、滝田は蛍里のデスクに本を置いたと
言っていた。ということは、あの本の持ち主は
間違いなく滝田で、このサイトのアドレスを記
したのも滝田ということになる。

 もしかしたら、彼も詩乃守人のファンなの
だろうか?

 そこまで考えて、蛍里はまさか、と首を
振った。

 蛍里から「竹取物語」を借りようとする
その人が、詩乃守人の作品を読んでいる姿など
想像できない。

 詰まるところ、滝田に確かめてみなければ
真相は何もわからない、ということだった。

 蛍里は気を取り直して、サイトのトップ
ページに戻った。

 今ではすっかり見慣れた表紙の絵柄の下に、
更新履歴や、サイトの訪問者数などが記され
ている。

 そうしてページの最下部には、「フォロー
&リムーブはご自由に」というひと言と共に、
SNSのアカウントが貼り付けてあった。



-----今まで気付かなかった。



 このSNSを覗けば、詩乃守人がどんな人な
のか?彼についての情報がわかるかもしれない。

 蛍里は逸る気持ちを抑えて深呼吸をひとつ
すると、貼り付けてあるSNSのアイコンを
クリックした。

 すると、サイトの表紙と同じ絵が背景に使用
された、詩乃守人のアカウントが表示された。
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