恋に焦がれて鳴く蝉よりも
 どきどきと、鼓動が早鐘を打つ。
 ただ単純に、熱烈なファンに対して感謝の意
を込めただけの言葉なのかもしれなかった。

 けれど、こんなことを言われれば、勘違いして
しまいそうになる。
 蛍里だって、こうして繋がるために、彼に物語
を書き続けて欲しいと思っているのだから……。

 顔も名前も知らないその人の言葉に、蛍里は
頬を熱くした。

 彼のことを、詩乃守人のことを、恐ろしいとは
思わなかった。

 何処の誰かもわからないけれど、あんな繊細で
情感豊かな文章を書ける人が、悪人(あくにん)である
はずがない。

 蛍里は返信ボタンを押すと、たった1行だけ
文章を綴った。



 “私もです。私もこうして、あなたと繋がって
いたいです”



 本心だった。

 だから、送信ボタンを押すことに躊躇(ためら)
はなかった。

 それでも、この1行を読んだ詩乃守人の顔を
想像すると、少し緊張する。

 どんな顔をしているのかも、わからないのに。



 「……ちゃん。ねーちゃん」

 不意に、ぼやけていた視界に、ひらひらと
手の平が舞って、蛍里ははっと、顔をあげた。

 シパシパと瞬きをする。
 弟の拓也が、顔を覗き込んでいる。

 「え、なに?」

 「だからぁ……あんまり部屋に籠って本ばっか
読んでると、嫁にいき遅れるよって言ってんの。
オレの話聞いてた?」

 大学生になってまた少し背の伸びた拓也が、
眉間にシワを寄せて口を尖らせる。くっきりと、
大きめの(まなこ)が自分を心配している。

 蛍里は口元に笑みを浮かべると、弟を見上げ
た。

 「そんなこと、あんたに心配される齢でもない
でしょ?まだ24になったばかりなんだし、周り
に結婚してる人だっていないし」

 「そういうこと言ってると、あっという間に
30過ぎちゃうんだよ。ねーちゃんの場合、
可愛いくせに家に籠りっきりで暗いから心配な
の。大学の先輩とか紹介しようか。年下になっ
ちゃうけど、いい人沢山いるよ?」

 暗い、は余計だ。
 が、ここで上手く言いくるめておかないと本気
で先輩とやらを紹介してきそうで、怖い。
 蛍里は弟から視線を逸らすと、小首を傾げた。

 「気持ちは嬉しいけど、いまは気になる人いる
から……そういうのは、大丈夫。でも、心配して
くれてありがとね」

 「気になる人って……職場の人?」

 「うん。まあ、そんな感じ……」

 嘘ではなかった。
 たぶん。全部が、嘘なわけじゃない。

 探るような眼差しで自分を覗き込む拓也に、
蛍里は顔を背けてパソコンを向くと、電源を
落とした。

 そうして、立ち上がってベッドに向かった。
 時計の針は、すでに深夜の2時を回っている。
 明日も仕事だ。
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