冴えない私の変身計画~浮気男に一泡吹かせてやろうじゃないの!!
助けてくれたその人は?
「っ……うぇっ……たす……けてっ……っう……」
無意識に心の声が漏れ出していた。
その時、沙菜の泣き声しか聞こえなかった、静かな空間に『ガタリっ』という物音が響き渡った。
なに?
だれ?
沙菜はビクリッと肩を震わせ振り返ると、先ほどまでなかった大きな影がゆっくりと動き出し近づいて来た。沙菜は恐怖で息が止まり、とっさに後ろに下がろうとしたが、それが見知った人物だと認識して、胸をなでおろした。
「部長……」
オフィス内は暗かったし、誰もいないと思っていた。
まさか相原部長がいるなんて……。
相原部長こと相原蒼士(あいはらそうし)三十五歳はボサボサの髪に無精髭を生やしている。体格は大柄で背が高く沙菜より二十センチは大きい様に見えた。
そんな部長が慌てた様子で沙菜の元までやって来ると、急に目の前に壁が現れた。
えっ……何?
そう思った時には、身長差二十センチという大きな部長の腕の中で、抱きしめられていた。
……なんで?
なぜ自分は部長に、抱きしめられているのかがわからない。
そんな思考の止まってしまった沙菜の頭の上から、低く優しい声が聞こえてくる。
「どうした?何があった?」
大きな温かい手が、沙菜の頭の上をなでる。
温かい……。
人の優しさに触れ、恐怖で止まっていた涙が再び流れ出した。
部長はいつもぼさぼさの髪に、ヨレヨレのシャツで出勤するのはあたりまえで、前髪も長く黒縁の眼鏡をかけているため、表情や感情がわかりにくい。
それでも私のことを心配してくれていることが、伝わってくる。今は人の……部長の優しさがうれしかった。
沙菜の瞳から涙が零れ落ち、感情が抑えられなくなった口から嗚咽が漏れる。
「ひくっ……うっ……。えっ……うえっ……」
「大丈夫だ……。大丈夫だから……」
優しい声……。
沙菜を抱きしめる腕は筋肉がしっかりしていて、とても太く肩幅や胸板もしっかりしていて、抱きしめられていることで安心感をもたらしてくれる。
部下への優しさだと分かっているのに、守られている……。
守ってくれる……。
そんな錯覚さえ感じられた。
十分……いや、二十分以上そうしていたと思う。
ようやく落ち着いて頭がはっきりとしてくると、一気に現実へと引き戻される。
私は一体何をやっているんだろう。
部長の腕の中で子供のように泣きじゃくって。
沙菜は蒼士の胸に顔を埋めたまま、顔を上げることもできないし、離れるタイミングもまったくわからなくなっていた。
沙菜がソワソワとし始めたころ、頭の上からクツクツと笑う声が聞こえてきた。