男装即バレ従者、赤ちゃんを産んだらカタブツ皇帝の溺愛が止まりません!
 途中、玄関ホールに吸い込まれて消える直前の母をチラリと振り返る。夫の喪に服していると考えれば不可解なくらい完璧に頭髪と化粧を整えて颯爽と歩む母のうしろ姿が見えた。楚々とした美貌の母はどこか少女めいて、その横顔は輝くばかり。四十路も目前だというのに衰えとは無縁の若々しさだ。
 スッと視線を下に落とすと、手入れされた母の爪や指とは別物みたいにカサカサに荒れた手指が目に映る。
 給金の支払いが滞り、先月から使用人には暇を出していた。使用人に代わって私が屋敷の家事の一切合切を担っていることに、家を顧みなかった父はもとより母も気づいてはいない。
 とはいえ、普通は国家から破格の名誉である初代元帥の名まで賜った父の家族が金銭的に窮していようとは誰も思わないだろう。しかし父は金銭的な褒賞を全て固辞しており、軍最高司令官引退に際した退職金すら辞退していた。
 ここに母と母の情夫らの浪費が重なり、父の現役時代の蓄えは一気に底をついた。
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